97.修羅場からのいつもの風景
決意の言葉のようなそれを口にしたルキは尚もアッシュを真っ直ぐに見つけ、更に言葉を続けていく。
「つまり何が言いたいかっていうと……俺、アッシュを本気で落とすから」
「あー……やっぱりそういう話になるんだなー……」
何となくの予想は出来ていたがそうなってしまうのか、とアッシュの目が僅かに死んでいく。
ルキはアッシュを落とせるのではないか? と考えたことにより以前よりも積極性が増していた。とはいえまだまだアッシュに甘えることの方が多かった。
だが今回のカルナの件で、このままではダメだ、最悪他の誰かにアッシュを奪われる可能性がある。という考えに思い至った。
「って言ってもやり方についてはまだ考えてないから、今後に期待しといてくれよな!」
「お手柔らかに頼む……いや、本当に……」
あの夜からルキは積極的になったが、あくまでも甘えることの方が多いということでアッシュは内心で非常に安心していた。
とはいえたまによろしくない行動も取るようになっていた。しかしそれは本当に稀なことであり、そこまで警戒するほどのことではなかった。
だというのにルキは更なる覚悟が決まり、決意までしてしまっている。今後どうなるのだろうかとアッシュは先ほどよりも死んだ目になりながら自身の行く末を憂いていた。
また蚊帳の外になっているシャロはルキがアッシュを落とす、と言っていることから恋仲になろうとしていることを理解し、胸中に言葉に出来ないもやもやとした感覚を抱いていた。
その感覚は最近に良く覚えるものであったが、それがどういう意味を持つのかシャロは理解できていなかった。ただ一つ言えることは気分の良い物では決してない、ということだ。
「とりあえず色仕掛け……いや、でもそういうの向いてないし……」
「今とんでもなく不穏な言葉が聞こえたんだけど気のせいだよな?」
「あ、でもアッシュにそういう対象だって見てもらうためにはそういうので押す必要もあるよな!」
「ルキ、手加減って大事だと思わないか? それとまだまだ子供なんだからそういう考えはやめような。な?」
「まだまだ子供って思われてるならやっぱり強引な手も必要だな!!」
これは何か言えば言うだけ自分にとってよろしくない展開になると悟ったアッシュは口を閉ざし死んだ目で遠くを見つめた。所謂現実逃避である。
そんなアッシュへとシャロは心配そうに近づくと声をかけた。
「あの、主様……大丈夫ですか? 遠い目をしているというか……その、死んだ魚のような目をしているというか……」
「あぁ、うん、大丈夫だ……でも何でだろうな。冥界の女神が地上に上がってきてるような感覚が……」
「それってまったくもって大丈夫じゃありませんよね!? っていうか冥界の女神ってなんだか響きが不穏ですよ!?」
アッシュの言葉を聞いたシャロは、アッシュが心労によって壊れ始めているように思えた。というか、半分くらい壊れていた。
「主様、疲れているなら休んだ方が良いと思いますよ! というか休んでください!! 主様らしくない状態になってますよ!!」
「いや、でも……ここで休むって言うだろ? そうなると……」
アッシュはそこで言葉を切った。するとすぐさまぶつぶつと呟きながら考え事をしていたルキが反応を示した。
「そういう時は人肌の温かさっていうのが良いんだよな! 俺は子供体温ってやつで温かいから、俺と一緒に寝るとぐっすり休めるんじゃねぇかな!」
シュバッ! と挙手をして名案だ! というようにそう口にしたルキを一瞥してからアッシュは何処となく儚く小さな笑みを零してからこう言った。
「こうなるんだよ……」
「主様が今にも死んでしまいそうな雰囲気に!?」
「って、冗談は置いておくとして……」
スッと元の状態に戻ったアッシュは小さくため息を零して再度ルキを見た。
「えぇ……冗談には見えませんでしたけど……」
「冗談だった、良いな?」
「あ、はい……」
「よし、それでルキだけど……まぁ、一緒に寝るのはいつものことだから別に良い。ただ……やっぱり不穏だよな……」
そう言ってから苦い顔をするアッシュだったがルキは何処吹く風で言葉を返す。
「不穏なわけないだろ? ただちょっとアッシュにはドキドキしてもらえるようなことがあるかもしれないけどさ」
「それが不穏なんだよ……とりあえず、大人しくすること、良いな?」
「ちぇー……はーい、わかりましたー」
アッシュに釘を刺されたルキは不満そうに了承の言葉を返した。
「はぁ……とりあえず、今後がどうなるかとか怖いから考えないとして……もう一日か二日は聖都だな」
「数日は聖都に滞在する、と?」
「あぁ、結界のことは解決したとはいえ何か問題があるかもしれないからな。事後処理もある程度はやっておかないと、関係ない罪を被せられる、なんてこともあり得るからな」
「まぁ、あくまでもあり得るってだけで今回はそうならないと思うんだけどなー」
「今回関わってる人間がほぼ全員善人だからな……」
善人だから、と口にしたアッシュは呆れているような様子を見せながらも何処か羨んでいるようにも見えた。
それはそうあれるような生き方をすることが出来ていることを羨んでいるからだった。だがしかしすぐにルキとシャロを見てその考えを改めることとなった。
今の自分の生き方をしていなければルキとシャロ、そして白亜たちと出会うことはなかった。ならばそれ以外の生き方を望む必要などない。
そう考えてアッシュは小さく笑んでから自分の傍に来ていたシャロの頭を撫でた。
「まぁ、善人だから罪を被せられることもないし、少し観光をして帰るくらいで良いだろ」
「観光、ですか……確かにあまり王都からは出ませんからね」
シャロは何故自分が撫でられているのかわからなかったが、最近のアッシュはルキを構うことが多いので今は自分の番なのだろう、と納得することにした。
そして観光かぁ、今日はルキの要望で肉料理が多かったので明日は自分の要望を通してもらって甘い物を、と少しばかり心を躍らせていた。
そんな二人を見てルキはサッとアッシュの隣に来ると何かを期待するようにアッシュを見た。言わずともわかるが俺のことも撫でるよな、ということである。
「あれだな、ルキは基本的なことは変わらないんだな……」
アッシュを落とす、と言っていたルキがいつもと同じ行動に出たことに安心しながらアッシュはルキの頭を撫でる。
するとルキはいつものように嬉しそうに尻尾を揺らしながら言葉を返した。
「だってアッシュのことが大好きだからなー。撫でてほしいって思うのは当然だろ?」
「……変な行動を起こされるよりも、そうやって言われる方が俺としてはグッと来るものがあるんだけどな」
「んー……確かに白亜とかすごいからなー。ああいうのだとあんまり意味ないか……あれだな、たまにやるから効果があるとか、そういう感じだな?」
「こういう時に冷静になるの何なんだ?」
アッシュはなるほどなー、と一人で納得しているルキに呆れたように言ってからいつもよりも強くその頭をくしゃくしゃと撫でる。
ルキはそれを気持ち良さそうに目を細めると、ふにゃっと頬を緩めて幸せそうに堪能していた。
変な行動に出られるよりもこのくらいの方が俺は好きなんだけどなぁ、とアッシュが考えていると不意にシャロを撫でている手を誰かに、というかシャロに取られた。
どうしたのかとアッシュがそちらに目をやるとシャロが不満そうにアッシュを見上げ、それからアッシュの手に自分の頭を軽く押し付けるようにしてもっと撫でるように、と無言の催促をし始めた。
「……ほんと、これくらいのが可愛いよな……」
可愛いの一言にシャロがえ? と顔を上げようとするがそれよりも先にアッシュはシャロの頭をぐりぐりと撫でた。
その際にルキを撫でるのが疎かになれば同じことを繰り返すことになるのでそちらにも気を付ける。
そうしてルキとシャロの頭を撫でることでアッシュは先ほどまでの心労を癒されていた。
とはいえその心労の半分以上が頭を撫でらえているルキのせいなのだが。
「はぁ……ほんと、これで良いんだよ……カルナみたいなこととかなしで、純粋に一緒にいて楽しいとか、傍にいたいとか、何てことはない時間を一緒に共有するとか、本当にそういうので良いんだよ……!」
今の状態が一番良い、と噛みしめるように零すアッシュにシャロは内心で同意していた。
シャロにとってアッシュとルキの二人と一緒にいる時間はとても幸せな時間だった。特に何かをするわけではなく、アッシュの言うように時間を共有している。それだけで心が満たされるような、そんな気がしていた。
そして同意すると共に、アッシュも自分と同じだったことに最近感じるようになっていたもやもやとは違い、とても心がぽかぽかと温かくなるような、そんな気がしていた。
「私も主様と同じです。一緒にいられるだけで、心が満たされるというか、温かくなりますよね」
「シャロはわかってくれるか。そうだよな、そうなんだよな」
アッシュとシャロの二人は通じ合うものがあったことに互いに嬉しく思いながら小さく笑みを浮かべ合う。
ただそうなるとつまらないように感じてしまう子供が一人。
「むぅー……それは確かにそうかもしれねぇけど、こうやってお互いに触れ合う方が良くねぇか?」
そう言ってルキはいつものようにアッシュに抱き着いた。
そして不満そうに頬を膨らませながらアッシュを見上げた。
「だって一緒にいるだけだとアッシュの撫でてくれる手の優しさとか温かさとか、そういうのがわかんねぇもんな」
ルキはアッシュが同意してくれるかな? と思いながらじっとアッシュを上目遣いで見つめた。
そんなルキを見てアッシュは苦笑を漏らしながらこう答えた。
「その気持ちもわかる。俺だってルキを撫でたり、抱き着かれたりしないと何だか物足りないからな」
「だよな!」
その答えを聞いて本当に嬉しそうにパァッ! と表情を明るくするとルキは尻尾を左右に揺らしながらより強くアッシュを抱き絞める。
「まぁ……相手がルキだからってのもあるんだけどな」
「えっへへ……俺だけ特別ってことだな!」
そうして幸せオーラを振りまきながら笑顔を浮かべるルキはアッシュを落とすというよりも確実にアッシュに更に落とされているように見えた。
「むー……主様とルキさんは本当に仲良しさんですよね。仲間外れにされているわけではないにしても、なんだかもやもやします!」
そしてそんな二人を見て今度はシャロが不満そうな声を上げた。
「仕方ないだろー、俺はアッシュとずーっと一緒にいる、アッシュの特別な、更に言えば大切な存在ってやつなんだからな!」
「むむむ……! それなら私だって主様と一緒にいて、そういう存在になってみせますからね! ルキさんばっかり主様と仲が良いのはずるいですから!!」
「えー、でもそうなると俺はもっと仲良く、ってか今より深い仲になってるんじゃねぇかな?」
「そういうのずるいです! いつまでも追いつけないとか、ダメだと思いますよ!!」
どちらもアッシュとより仲良くなる! と言い合う姿はある意味で修羅場のようにも思える光景だった。
だがアッシュは自身を挟んでキャンキャンと吠え合う二人に苦笑を漏らしながらも、これが日常になりつつあるなぁ、と微笑ましく二人を見ていた。
結局いつも通りじゃないか!




