101.デートと贈り物
アッシュとクロエは二人で並んで聖都の街並みを歩いていた。
交わす言葉は大した意味を持たないくだらないものばかりであったがクロエにとってはそれがどうしようもなく嬉しいものだった。
が、そんなクロエの隣を歩くアッシュはあれこれと話をしながらもこれからどうしようかと考えていた。
「で、クロエ。ただ街を歩くだけで本当に良いのか?」
「はい! 私はそれだけで満足ですよ?」
「そうか……そうか。でも俺としては少し物足りないかもな……」
「物足りない、ですか?」
アッシュの言葉に首を傾げるクロエだったが、それを気にせずアッシュは少し考える。
そして軽く周囲を見渡してからこう言った。
「折角だから何か買うか……」
「え?」
「クロエが髪を止めてるなら、髪留めのピンでも見に行かないな?」
アッシュはちょうど目についた髪留めなどを取り扱っている小物店を示しながらそう言った。
「そういうのはその日の気分で付け替えるものだろ? だったら幾つか持っていても良いんじゃないかって思うんだ」
「え、あ、た、確かに、そういうものなのかもしれませんね……」
「よし、それなら見に行ってみよう。クロエの気に入るような物があれば良いな」
戸惑うクロエを気にした様子もなくアッシュはそう決めてその小物店へと歩き始めた。
クロエはそんなアッシュを引き留めるように声をかけた。
「あ、あの! 実は、そこまでの手持ちはないと言いますか……」
俯きながらクロエは気まずそうにそう言った。
クロエ本人は小さな村の教会で活動をしていたが金銭面に余裕があったわけではない。
また母親であるファルシュも教会本部から出ることはなく、必要がないということで現金の持ち合わせなどはなかった。
勿論、正規の手続きを行えば教会から莫大な額を引き出すことは出来たのだが、ファルシュもクロエもそれを良しとはしていなかった。
「手持ち? 気にしなくていいぞ。俺が勝手にそうするって決めたんだから俺が出すさ」
「そ、それは悪いですよ!」
「気にするなって。俺がクロエに似合いそうなのを選びたいだけなんだから」
「ふぇっ!?」
クロエに似合うものを選びたい。その言葉を聞いてクロエは変な声を上げてしまった。
似合いそうなものを選ぼう、ではなく選びたいだけ、という言葉。それはつまりアッシュは自分に似合う髪留めをつけている姿を見たいと思っている、ということだ。
そう考えてクロエは徐々に赤くなり、わたわたとしながらアッシュの後を追うことになった。
小物店の中に入ると外から見るよりも雰囲気の良い店であり、またアッシュが考えていたよりも上質な小物が置いてあることが視てとれた。
最近は知識の瞳の加護に頼りっぱなしだな、と思うアッシュだったが今の聖都で過ごすには必要なことだった。主に歪な魔力の残滓のせいだ。
もしこの魔力の持ち主が戻ってきた場合に絶対に厄介事になる。それを見逃さないようにするために必要なこととして常にこの加護の力に頼っている。
アッシュはそのことに僅かに頭を痛めながらも店内を眺める。
「さて、髪留めのピンは何処にあるんだろうな」
「わぁ……色々置いてありますね……あ、猫の置物とかありますよ!」
「隣に犬の置物もあるのに真っ先に猫に反応したな」
クロエが猫の置物を指差して言うと、アッシュはその隣にある犬の置物を見ながらそんなことを言った。
「え?」
その言葉にどういった意味が込められているのかわからないクロエは疑問符を浮かべてアッシュを見た。
するとアッシュは何かに納得するように言葉を返した。
「そうか……そうか。クロエは猫派か……」
「えっと……あの、アッシュさん?」
そんなアッシュに戸惑うようにクロエが名前を呼んだ。
アッシュはそんなクロエの様子を気にした様子はなく、何故か不思議なことに、何処か得意げにこんなことを言った。
「突然だけど俺は犬派だ」
「え? 犬じゃなくて今ルキさんの名前が出ませんでしたか?」
「可愛いだろ、犬」
「アッシュさん、大丈夫ですか? 正気ですか?」
何処となく目の中がぐるぐると渦巻いているようなアッシュを心配するようにクロエがそう言った。
するとアッシュは小さくため息を零してから頭を振って言葉を返した。
「はぁ……いや、悪い。何でだろうな、猫よりも犬派だって言おうとしただけだったんだけど……」
「何故かルキさんの名前が出てきましたね……」
「いや、ルキって子犬みたいに俺に引っ付いて来て他の誰かが近寄るとキャンキャン威嚇するの可愛いよな。とか思うんだけど変なフィルターでもかかってるのかな……」
「アッシュさん、それって俗に言う親馬鹿とか、兄馬鹿とか、そういうのじゃ……?」
変なフィルターというのはそういうものでは? とクロエが言うとアッシュは、あー……と納得したような、自分自身に呆れているような反応を示した。
「……かもなぁ……」
それから気まずそうに、もしくは少しバツが悪そうにそう言って頬を掻いた。
そんなアッシュを見てクロエは、こういう普段とは違う姿も良いですよね! と内心でギャップに心をときめかせていた。
またそれと同時にルキさんは愛されてるなぁ、と羨ましく思っていた。
時間にして十数日にも満たない僅かな時間しかクロエはアッシュと共にはいなかった。それでもアッシュがルキとシャロのことを愛していると言っても過言ではないほど大切にしていることがわかっていた。
そしてそんなことを口にしてしまえばアッシュが否定するであろうことも。
「まぁ、とにかく俺は犬派なんだ。うん、ルキ派じゃなくて、犬派」
「あはは……でもルキさん派っていうのもあながち間違いじゃないですよね?」
「……まぁ、な」
アッシュは否定しない代わりに軽くふいっと顔を逸らした。
その耳は僅かに赤くなっていて、照れ臭かったことからの行動だとクロエにはすぐにわかった。
「ふふふ……アッシュさん、なんだか可愛いです」
「可愛くない。そういう言葉は俺には似合わないだろ」
可愛いと言われたアッシュは憮然とした様子で言葉を返してからクロエに一度目を向け、それから何処かぶっきらぼうに言葉を続けた。
「そういう言葉は俺よりもクロエの方が似合ってる」
「……ちょっと、卑怯です……」
すると今度はアッシュの言葉を受けてクロエはそんな言葉を返し、頬を紅潮させて照れ臭そうにしていた。
本人たちはそのつもりはなくとも、こんな姿を見るとどう考えても惚気ているというか、イチャついているというか。そういう風に見えてしまう。
そのせいで店主が内心で舌打ちをし、他の客が二人を見て盛り上がっているのだが二人はそんなことに気づいていなかった。
「あー……と、とりあえず、クロエに似合いそうな髪留めのピンを探さないとな」
「そ、そうですね! こういうのはよくわかりませんから、アッシュさんにお任せしようと思います!」
それでも何処となく感じた居心地の悪さを誤魔化すように言って二人は髪留めのピンを探し始めた。
勿論と言えば良いのか、そんな二人を見て店主と客は先ほどと同じような反応を示していた。
だが二人はその後も無自覚にイチャつきながらクロエに似合う髪留めのピンをあれやこれやと見つけるのであった。
▽
アッシュとクロエの二人は小物店の中で随分と時間を費やし、クロエに似合う髪留めのピンを見つけることが出来ていた。
その数は思いのほか多く、その中からどれにしようかな、とクロエは考えていた。
「むー……こうも数があると迷いますね……」
「そうか?」
「はい、アッシュさんに似合う、と言っていただけましたからすっごく悩んでしまいます……」
「だったら全部買っても良いんじゃないか? 別に高価な物ってわけでもないからな」
「え?」
「それに全部クロエに似合ってた。だからどうせなら付けて欲しいからな」
「あ、アッシュさん?」
「まぁ……あとはクロエは可愛いんだから少しくらい着飾っても良いんじゃないか? 教会の人間ってことでそんな華美には出来ないとしてもこれくらいなら問題ないだろ」
「ま、待ってください!」
「待たない。どうせ金の使い道なんてあんまりないんだ。だったらこういうときに使わないとな」
戸惑うクロエの静止のことを気にせず、アッシュは髪留めのピンを手に取ると早々に会計を済ませてしまった。
アッシュの言葉の通り、普段から必要な物を買うのに使う以外の出費はあまりなく、アッシュは手元にお金が貯まるばかりだった。
これは普通の冒険者ではそうもいかないのだが、ハロルドを介した依頼をこなすことでリスクに見合った金額を受け取っていることもその原因だったりする。
「でも! それなりの数ですからどうしても高くなります! それを出してもらうわけには……」
「良いんだよ、俺が好きでやってることなんだから」
そう言ってからアッシュは買った髪留めのピンを一つ取り出すと、わたわたしているクロエの髪に付いているピンを外し、取り出した物と付け替えるとうん、と納得したように一つ頷いてから言葉を続けた。
「やっぱり似合ってるな、クロエ」
そして何処となく満足そうにふわりと微笑んだ。
クロエはアッシュの行動一つ、言葉一つに胸が高鳴るのを感じながら、それでいて微笑むアッシュに見惚れていた。
アッシュはそんなクロエの様子に苦笑を漏らし、その頭を軽く撫でるとこう言った。
「それじゃ、そろそろ行くか」
「は、はい……」
アッシュは変わらず苦笑を漏らしながら小物店の外へと向かう。
心ここにあらず、といった様子のクロエはぽーっと顔を赤くしたまま大人しくアッシュの後を追った。
二人が小物店を出ると日は僅かに傾き始めていた。
元々二人が合流したのは昼過ぎであり、このことから思いのほか小物店の中にいたのだな。とアッシュは考える。
それからクロエを振り返ってこう言った。
「クロエ、あんまり遅くならない方が良いんだよな?」
「え? あ、はい……お母様が心配してしまいますから、そうなりますね……」
「まぁ、そうだな。とはいえまだいくらか時間はあるはずだから……もう少し歩くか」
「は、はい!」
そう言って歩き始めたアッシュの後を追うクロエはもう少しだけ、ということを残念に思いながらもほわほわと幸せそうなオーラを振りまいていた。
金遣いが荒いのか、荒くないのか。




