9.人の体、悪魔の魂
「魔力が流れていないってどういうこと?」
俺の問いに水奈が答える。
「そのままの意味です……。魔法は魂の力、つまり魔力を体に通る神経を通して外に発現させます。ですが、桂木先輩の肉体は人間の物。魔力神経は存在しないんです」
「でも、魔法は確かに使えたよ? それに体も悪魔の物に近付いてるって桜木も言ってたし」
「それは近付いているだけで……そのものになっているわけじゃないんです……。身体能力は人間と比べて高くなっているとは思いますが……肉体の機能を増やす事は不可能だと思います……」
「じゃあ、なんで俺は魔法を使えたんだ?」
「それは……分かりません……。ごめんなさい……。でも、私の力で先輩の魂と肉体を見た限り……魔法を使うのは不可能だと思います……」
「でも、先輩は魔法使えたんだよね? それじゃあ練習してみようよ! 私も手伝うから!」
火奈が手を大きく叩いて笑う。
「う、うん。よろしく頼んだ。でも、そんな話し方だっけか、お前」
「前に本で読んだんだ。友達と話す時は我慢しないって。ね、お姉ちゃん」
「は、はい……。まあ……」
「ほら、行こ! しゅっぱーつ!」
火奈に手を引かれ教会へと着いた。勢いよく扉を開けた火奈は中にいる桜木に大きな声で話し掛ける。
「お庭借りても良いですかー!?」
「あ、ああ。良いけど……。なんだ、いきなり。ていうかお前そんなキャラだったか……?」
「なんか良いことあったみたいだよ」
「お前……! なんで一緒にいるんだ!?」
「ま、色々あって」
火奈の後ろにいる俺に気付いた桜木が大きく目を見開いた。そして、そのまま桜木を巻き込んだまま吸血鬼姉妹による魔法の使い方教室が始まった。
「まずは、魔法の基本。イメージから始めよっか! はい、手を前に突き出して目を閉じる」
火奈の言う通りにする。
「頭の中で拳銃をイメージするの。体は銃身で手は銃口。弾は魔法。自分の中の力を手の中に込めるようなイメージ」
自分の中の力って言われても……。
以前に放った魔法を思い出す。手に触れた場所が爆発したんだっけな、確か。
その光景をひたすらに反復して思い返す。
「イメージが十分に出来たら銃の引き金を引くイメージ! 銃弾を撃つの!」
聞こえた言葉の通りイメージして目を開く。が、特になんの反応もない。
「失敗か?」
「最初から上手くいかないよ! 何回も練習しよ! はい、もう一回!」
「無理だ」
桜木の言葉が火奈の指導に横やりを入れた。少し不満そうに火奈が言い返す。
「無理じゃない! 使ったことあるって春くん先輩言ってたし。使えるはずだもん」
「それは悪魔との契約の余波のせいだ。こいつ自身の力じゃない。お前、説明してないのか?」
「え……えっと、俺もちょっと曖昧だったというか……」
「肉体と魂はグラスとその中に入っている水の関係にあたる。お前のやった契約ってのはグラスの中の水に別の液体を足す行為だ。ここまでは分かるな?」
「うん、分かるよ。見たことあるもん。悪魔じゃないけど……」
「一つのグラスの中に二人分の魂は入らない。肉体から魂の力が溢れ、グラスに入る分に淘汰されるんだ。春が使った魔法ってのは、その淘汰された部分が勝手に引き起こした物にすぎない。お前は自発的には魔法は使えないんだ」
「え、そうなんだ……。じゃあ、あの時やった特訓ってのは?」
「ある程度強い肉体を作って悪魔の力を受け入れやすくする為だ。そもそも魔法を使えるようにするなんて言ってねえだろ」
「それは……そうかも」
「それに、魔法なんか何に使うんだ。言ったよな、使うなって」
「えっと……それは……」
見るからに怒っている様子の桜木に目を逸らす。すると、コソコソと逃げようとしている二人が見えた。
「あ! 何やってんだ、お前たち!」
「あ? お前も何逃げようとしてんだ!」
「バレた! 行こ、お姉ちゃん!!」
「うん……。先輩、また明日……」
「あ、おい! 待てって! じゃあな、桜木。またこんど!」
その場から逃げた俺たちは学校へと戻り合流した。
「ふぅ、危なかったね。あんなに怒るなんてびっくりしたぁ」
「桜木は怒ると怖いからなぁ。次は気をつけなきゃな」
「……はい。でも、やはり先輩は魔法を使えないみたいですね……」
「んー、だなぁ」
「まだ諦めるのは早いよ! 練習練習! ね?」
「火奈は熱血だなぁ。ま、やるだけやってみるか」
「頑張ろ、おー!」
「……おー……」
勢いよく拳を突き上げる火奈と、それに合わせて小さく手を挙げる水奈。それと一緒に拳を上げて帰路へと着いた。
「あ、桂木先輩……。少し良いですか」
「ん、全然良いよ。どうした?」
水奈が俺の胸に手を当てて目を閉じる。少しして俺の中から何かが抜けていったような感覚がした。
「私の魔法を解きました……。これで明日からは自由に行動が出来るはずです……」
「ああ、ありがと。でも良いのか?」
「はい……。その、友達……ですから、私達。なので……良かったら、明日も……会いたいです……」
「そしたらさ、俺の友達も良いかな? 最近昼休み抜けるからうるさくて」
「……はい、是非……。楽しみにしています……」
翌日、朝一番で携帯が鳴り響いた。開いてメッセージを確認するとアカウント名は『不明』桜木のことだ。
「双子はどこにいる?」
「今何時だと思ってんだ。一緒にいるわけないだろ」
「今すぐ呼んで教会に来い。お前もだ」
「なんで」
「吸血鬼が現れた。しかも今度はそれを見た奴もいる」
「吸血鬼って二人のこと?」
「違う。殺人事件の方だ」
「はい?」
「現場の近くで金髪の女を見たって話がある。真偽はともかく話がしたい。早く来い」
急いで水奈へとメッセージを送り身支度を済ませる。家を出ようかと思った時、今から日向が顔を出した。
「まだ五時だよ? どこ行くの」
「ちょっと野暮用。すぐ戻るから」
「待って! 教えて。どこで、何をするの」
日向の纏う空気が冷たくなった気がした。怒っているわけじゃなさそうだけど、何か張り詰めているように感じる。
「友達がちょっと危ないかもしれなくて……」
「誰? 雪城君じゃないよね。最近一緒にいる女の子?」
「そう、だけど……駄目なの」
「駄目──じゃない、けど……。でも、あの二人ちょっと怖いよ。何か事情がある気がするの。あんまり深入りしない方が良いと思う」
「でも、友達なんだ。だからごめん。行ってくる」
「待って! 春──」
日向の静止を振り切って家を飛び出した。そのまま教会への中へと入った俺を桜木と水奈。そして火奈の三人が待ち侘びたかのように駆け寄ってきた。
「遅かったな。途中なんかあったのか?」
「日向に止められてて。でも、なんとか……」
「そうか。あいつがいたのか」
「……?」
「いや、なんでもない。それよりも時間がない。本題に入るぞ」
「私たち、何もしてないよ! 昨日だって春くん先輩と別れた後真っ直ぐ帰ったもん。ね、お姉ちゃん」
「はい……。ご飯食べたりお弁当の準備をしたりしてました……」
「だが、逃げる金髪の女を見たって話もある。協会の人間はそれを元に悪魔の捜索を始めるらしい」
「じゃ、時間の問題ってこと?」
「いや……多分すぐに来る」
「なんで……分かるんですか……?」
「理由は直ぐに分かる。それに春、お前も覚悟しとけ。こいつらと一緒にいるのがバレたらお前だって無事じゃすまないかもしれない」
「え!? いや、そうだよな……。じゃ、何とかしなきゃ。俺たちはどうすればいいの?」
「決まってるだろ。話し合いは不可能だ。なら、犯人を見つける」
「犯人を……。猶予はどれくらいあるんですか……?」
「さあな。ただ、今日か明日には何かしらの接触があるはずだ」
「って事は今日中ってこと!? そりゃ……頑張らないと」
「うん、そうだね! でも、三人なら何とかなるかも。頑張ろ、ね? 桜木さん、何か手掛かりとか知らない?」
「ない」
「「……え?」」
「私が分かるのは今までの現場の場所くらい。それ以外は何も知らない」
桜木の言葉に俺たち三人は顔を見合わせる。……俺たち、死んだかも。




