8.吸血鬼の力
「──というわけで何とかならない?」
町外れの古びた教会へと足を運んだ俺はそこにいる白いロングコートを羽織った黒い長髪の女の人に問うた。
この人の名前は桜木天音。夜空のように黒い髪と瞳。背が高くスラッとした肉付きをしている。
一月前のアレコレの時に大変お世話になった人だ。そして、今も何かとお世話になっている。
桜木は俺とその後ろにいる双子を交互に見て溜息を吐いた。
「お前な……。私はお前達を殺さなきゃいけない立場なの。分かってんのか」
「分かってるよ。でもさ、俺を助けてくれたじゃん? だからこの二人も何とかならないかなぁ、って」
「お前は知り合いに頼まれたから助けたの。私の意思じゃねえ。にしても……」
桜木が再度吸血鬼の双子へと視線を移す。少し何かを考えるような仕草をして口を開いた。
「ま、やれるだけの事はやってやる」
「ほんとに!?」
「ただ、条件がある。その二人の力を見せろ」
後ろの二人が明らかに動揺したようにお互いの顔を見合った。そして何か二人で話し合った後、水奈が頷く。
「わ、分かりました……。まずは私から……あの、桂木先輩、少し近づいてもらってもいいですか……?」
「ん、良いよ」
水奈に言われるがまま横に立つ。それを確認した彼女は自分の指を噛み血を流す。
「私の力は血の隷属といいます……。私の血に触れた生き物の体を操ることができます……。先輩、良いですか?」
「お、おう」
水奈の指に触れる。が、何も起きない。不思議に思っていると水奈が俺を見て命令をする。
「三回回ってわんと鳴いてください……」
「……わんっ! え……」
「次はバク転……。バク宙をお願いします……。最後に彼女に石を渡してきてください」
水奈の言う通りに体が勝手に動き回る。そして桜木へとその辺に落ちている石を広い渡した。
「それを……私に向かって投げてください……」
無言で桜木が石を投げる。それを見た俺は間に立ち塞がり顔面で投石を受け止めた。
「ガッ──!? 」
「私の体に危険が迫ると勝手に守るように動くんです……。これが私の力です……」
「吸血鬼の『支配』の力だな。血を操って武器にするって話も聞くがそれは使えないのか?」
「そ、それは私の力でふ! あ……です!」
桜木の質問に水奈の後ろにいた火奈が震えた声で答えた。
「私の力は血族の鎖。私の血を使って武器を作ります」
水奈と同じように指を噛み血を流すと、その血がナイフのように形を変えた。更にそれは大きく変化し弓や盾。鎖のように次々と変化していく。
「私が武器だと思った物は全て作れます。えっと……」
火奈が俺を見る。首を縦に振ると恐る恐る血を両刃の剣へと形を変えて振りかぶった。
「いきます!」
「よし来い!」
「──やらなくていい!」
桜木の一喝によって火奈と俺の動きが止まった。
「もういい。分かった。最後にもう一度聞くが、本当に一連の事件とは関係ないんだな?」
「「……はい!」」
二人が大きく頷いたのを見て桜木が軽く頭を抱えながら言う。
「分かった。出来る限りの事はしてやる。ただ、お前達の安全を保証できるわけじゃない。あくまで私の出来る事をやるだけだ。いいな」
「……はい、分かりました……。ありがとうございます……! 良かったね、火奈……」
「うん!」
「じゃ、今日はこのまま帰れ。春は残れよ。言わなきゃいけない事があるからな」
「え……。でもそろそろ帰らないと日向に怒られちゃう……」
「残れ」
「……はい」
嬉しそうに話しながら帰っていく二人を見送ってから教会の椅子へと腰掛ける。
「お前、私が言ったこと覚えてるよな?」
「魔法を使うなってやつ? 覚えてるけど……」
「使わなきゃいいって話じゃねえからな。普通の人間として生きろって言ってんの。分かってんのか!」
「分かってるよ……。でもさ、頼まれたら断れないっていうか……。それにちょっとだけ気持ちも分かるし」
「あいつらの言っている事が嘘だとしても、か?」
「え……? 嘘?」
桜木が頷く。
「あいつらの力の話は嘘。っていうか全部じゃねえ。吸血鬼の力の本質は『支配』だ。操る、なんて可愛いもんじゃねえ」
「いや、でも水奈の言う通りに体が動いたよ?」
「だから全部じゃねえって言ってんだろ。意思の支配の力は魂の侵食だ。あいつの魔力に触れた時点でお前はあいつの肉体の一部になったと言っても過言じゃない」
「肉体の一部って……」
「そういう力なんだよ。今もお前の目と耳を通して私との会話を聞いてるはずだぜ。お前の中からな。そしてもう一人の力の支配もそうだ。操れるのは自分の血液だけじゃない。それにやろうと思えば生物だって作れるはずだ」
「……えっと、それってヤバい?」
「ヤバいな。やろうと思えば今ここで私達は殺されて、あいつらの思うがままの人形になる可能性だってあった。てか、お前は既になってる」
「どうにかして抜ける方法ってないの?」
「ない。頼み込んでみたら解いてくれるかもな。ま、あんま変な事に首突っ込むなって話だ。後は私に任せて人間らしい生活に戻ってくれ」
「……でも──」
「でも、じゃねえ。巻き込みたくない奴がいるんだろ? なら、おまえのやらなきゃいけないことは一つだ。分かるな?」
「……うん」
言いたい事は幾つかあったが、有無を言わせない雰囲気の桜木に頷いて帰路へとついた。
翌日、家を出た俺の目の前に金髪の二子が立っていた。
「なんで……?」
「私達の通学路なんです……。先輩のお家、ここだったんですね……。一緒に行きませんか……?」
目を見開いて問う俺に水奈が答えた。昨日、桜木の言っていた事が頭を過ぎる。
俺の目と耳を使って情報を得ることができる。それはつまり、俺のいる場所、考えている事は全て筒抜けって事だ。
話を聞いていた時はピンと来なかったが、こう実際に何かが起こると恐ろしさが分かる。
考えている事を悟らせないよう何となく笑顔を作る。
「うん、良いよ。行こうか」
「……はい」
何気ない会話をして学校へと向かう。そして、到着し別れようとした時──
「お昼ご飯、一緒に食べませんか……?」
「ああ、良いよ。迎えに行けばいい?」
考える間もなく口が勝手に動いた。それを分かっていたかのように水奈が頷く。
「はい……! 教室で待っています……」
その後も、昼休み。放課後と二人と一緒に過ごして一日が終わった。そして、翌日、翌々日と同じように過ぎていったある日、水奈が席を外している時に火奈が話しかけてきた。
「先輩、逃げてもいいですよ」
「ん? 珍しいな、火奈の方が話しかけてくるなんて。でも嫌だ」
「なんでですか? 先輩だって自分が利用されてるって分かってるでしょ」
「そりゃまあ……。でもさ、別に困った事があるわけじゃないしなぁ。最初はちょっと怖かったけど慣れたし」
「慣れたって……。ずっとこのままでも良いんですか!」
「それは困る。困るけど……でも、ちょっと欲しかったんだよね。人間以外の友達。大牙とか日向には話せないもん」
「友達って……」
「あれ、違う? なんか、奢らされたりとかしないじゃん? 今だってほら、自分の分は自分で買ってる。んで、ダラダラ話しながら帰ってるだけ。友達じゃん」
火奈は少し困ったように視線を逸らした。
「それに二人だって俺たちの事、完全に信じてる訳じゃないでしょ? じゃ、ある程度はお互い様かなって」
「……先輩って変な人って言われませんか?」
「んぁ? そうかな……。普通だと思うけど。さっきも言ったろ、最初は怖かったって。慣れだよ、慣れ」
「何を話してるんですか……?」
水奈が戻ってきて首を傾げる。
「人間以外の友達が欲しかったって話。だから、俺にとっても二人と会ったのは丁度いいなって言ってた」
「友達……ですか……?」
「え、違うの?」
「あ、いや……その、初めて……なんです。友達と言われるの……。だから分からなくて……」
「そっか。じゃ、俺が教えるよ。明日から。その代わり──」
二人より少し前に出て振り返る。
「──俺に魔法を教えてくれ」
二人は少し驚いたように目を合わせ、火奈が言う。
「先輩って魔法使えるんですか?」
「ああ、使えるぜ。結構ムラがあるんだけどね。出る時と出ない時とか……。ほら、聖騎士協会の奴と戦った時も魔法使って勝ったんだぜ」
「それはおかしいです……」
「ん、何が?」
「先輩の体には魔力が流れていない。つまり、魔法は使えないはずです」
「……え?」




