6、エピローグ、1
目が覚めると見慣れた天井が見えた。誰かがここまで運んでくれたらしい。と言っても一人しかいないが……。
居間へと足を運ぶと日向と桜木が既に朝食を食べていた。いつも通り日向と向かい合うように席へと座り声を掛ける。
「おはよ」
「うん、おはよ。体は大丈夫なの?」
「んー、まあ……。ちょっと痛いけど平気」
「病院とか──」
「行かない」
大袈裟な反応をした日向に食い気味で答えた。すぐ病院とか言うんだから、こいつは……。
日向の横に座っている桜木に目線だけで挨拶をする。あっちも喋りたく無さそうだ。俺を一瞥して直ぐに朝食へと視線を戻した。
「いただきます」
「それにしても不思議な事があるんだね。一日中寝ちゃってたなんて……。しかも外を歩き出してたって」
朝食へと手を付け始めた俺に日向が話しかけてきた。勿論全て桜木がついた嘘だ。初めて聞いた時は信じる奴なんていないと思ったんだが……。ここにいた。
因みに俺は起きた時に携帯で確認済みだ。話を合わせなきゃ殺されるらしい……。
「よくある事だ。疲れていたんだろ」
一足早く食事を終えた桜木がぶっきらぼうに言った。そんな事あってたまるかって感じだが余計な事は言わないでおく。
「そういうものなのかなぁ……。あ、そうだ。この人は桜木天音さん。外を歩いてた私をここまで連れてきてくれたんだって」
「ん、ありがとうございます」
「ああ」
誤魔化す気があるのか無いのか、頭を下げる俺に短く答えた。
誰も話さなくなった食卓にテレビの音が流れてくる。内容は、謎の爆発事故といった感じで、昨日の戦闘の跡をニュースが取り上げていた。
住宅街の真ん中という事もあり原因は完全に不明。映像らしきものも残っていないようだ。
「洗い物は私がするから。持ってっていい?」
「え、良いんですか? 私がやりますよ」
「いい。食べさせて貰うだけじゃ気分悪いから」
桜木が日向の食器をキッチンへと運んでいった。その時に俺へと目配せをしてきたのを見逃さなかった。お前も来いってことだ。
「ご馳走様。俺も洗い物手伝ってくる。日向はゆっくりしてて」
「う、うん……」
シンクへと食器を運び桜木に声をかける。
「あのさ、あれって」
「協会の人間だろうな。一般人に魔法の存在を悟らせない為だろう」
「そっか……。俺って──」
「お前はもう魔法を使うな」
桜木が俺の言葉を遮るように言った。
「でも……」
「奴らは悪魔を倒すために手段を選ばない。またお前の周りの人間が巻き込まれるぞ」
「うん……。でもさ、もうちょっとだけ良いか? レガリアを見付けたんだ。それを取る為なら良いだろ?」
「レガリア? どこで?」
「博物館で見付けたんだ。赤い宝石だったんだけどさ、見てたら胸がざわつくっていうか、俺の中の悪魔が反応してる感じがしたんだ」
「博物館……。ちょっと来い」
桜木に手を引かれ俺の部屋へと移動した。乱雑にベッドに投げられた俺は桜木へと視線を戻す。
「何すん──」
言葉が止まった。桜木が服を脱ぎ始めていたから? いや、違う。服の下に隠れている真っ白い肌には宝石のような石が幾つも埋まっていたからだ。
「あそこにあったのはコレと同じ物だろ」
「え? あ、うん。多分だけど……」
「これは魔石。協会の人間が使う擬似的な神経回路だ」
「神経回路?」
「本来、人間には魔法は使えない。それを使うための機能が肉体に無いからな。だが、それじゃ悪魔と戦えない。そこで、外からそれを植え付ける方法を作ったんだ」
「それが魔石?」
「ああ。前に肉体と魂の話をしたな?」
「うん。肉体がコップで魂が水ってやつでしょ」
桜木が頷く。そして、何処からか水の入ったコップを二つ取り出した。一つは蓋が付いていて中身が零れないようになっている。
「まずは蓋が付いていない方。これが悪魔の魂と肉体だ。自在に中身を取り出す事が出来る。そして、もう一つ。蓋が付いている方が人間だ。このままじゃ中身を取り出せない。つまり、魂の力を燃料とする魔法も使えない。じゃあ、どうするか」
桜木がストローを出し蓋を貫くように突き刺した。
「こうやって無理矢理通り道を作ってやる。このストローが魔石だ」
「へぇ……なるほど……」
そういえば、葛木も手のひらに青い宝石があった気がする。あれも同じ物だったのか……。
「つまり、お前がレガリアだと思った物は勘違いだったわけだ」
「で、でも本当にそれと同じ物かどうかは分かんないじゃんか。もしかしたら……」
「分かる。協会の人間もレガリアを血眼になって探してるからな。そんな所にある物が本物の筈がない」
「そっか……」
「ってわけだ。だからお前はもう大人しくしてろ。お前のことは私が守ってやるから」
「でも……。あのさ、なんでそこまでしてくれるんだ? 桜木は協会の人間なんだろ。本当は俺を殺さなきゃいけないんじゃないの?」
「前にも言っただろ。葛木は私がお前にけしかけた。それが私の思ってた事よりも大きくなっちまったんだ。責任取らなきゃいけねぇだろ。それに、お前も元々関係ない一般人だしな」
改めて服を着ながら桜木が言った。何か言い返そうかと思った矢先扉の外から声が聞こえた。
「春? そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ」
「分かってる。もうそろそろ終わるから」
日向の声に答えてから桜木を見る。
「さっさと行けよ。鍵は閉めてってやるから」
「うん、ありがと」
家の鍵を手渡して部屋を出る。扉の先で待っていた日向が首を傾げた。
「何してたの?」
「大事な話」
「そう……。綺麗な人だよね、桜木さん」
「ん? んー、同じくらい怖いけどな。ほら、行こうぜ。そういえば昨日大牙が心配してたよ」
日向の手を取って家の外へと向かう。こうして、短い間ではあったが俺と悪魔の物語は一度、終わりを告げた。




