5
如月日向は外食が嫌いだ。コンビニはおろかファミレスも滅多に行きたがらない。
今食べているこれは大丈夫なのだろうか。手に持っているクレープを見ながらふと思った。
「美味しい〜。たまにはこういうのも良いね」
「う、うん」
横でクレープを頬張っている幼馴染みを尻目に、俺は全力で思考を巡らせていた。
何かを試されている? 何故? 食べたら怒られるのではないか? 色んな考えが過ぎる。そして、日向は何かを待っているように俺をチラチラ見ている気がする。
携帯の画面を開いて大牙へと助けを求めた。
「死ね」
返ってきたのは非常にシンプルかつ無慈悲なものだった。
考えろ、考えろ、考えろ。俺は今何を求められている……。
「あ、あのね、お願いがあるんだけど」
日向が気まずそうに口を開いた。
「春のも一口欲しいなぁって、駄目?」
「あ? ああ、良いよ! 一口と言わず全部だっていい。ほら、持ってて」
「ううん、一口で良い。私のもいる? あんまり残ってないけど……」
最早根元しか残ってないクレープを見ながら日向が言った。
「大丈夫大丈夫。なんかちょっと食欲なかった気がしたんだ。これで十分だから。はい」
手に持っているクレープを一口だけ食べて日向へと手渡す。
なんだ、二つ食べたかっただけか。普段からこういうのは我慢してるから、その反動でも来たんだろう。
「美味い?」
日向は俺の質問には答えず黙々とクレープを口に運んでいる。あれ、もしかしてオレまたなんかやっちゃいました……?
「今日の筋トレ。いつもの二倍やるから」
「え!? なんで……?」
「こんなに食べちゃったら太るでしょ」
「じゃあ、日向だけやればいいのでは……?」
「何?」
「いや、なんでもないです……はい」
日課になりつつある筋トレは日向の宣言通り普段の倍行われた。
息が切れ死にそうになっている俺の目の前に日向がスポーツドリンクを置いた。
「お疲れ様。よく頑張りました」
「ありがと。マジで死ぬかと思った……」
「これくらいじゃ死なないよ。もっと凄い事してる人もいるんだから」
「でもさ、日向と一緒にやるとキツいんだよなぁ。一人の時と全然違う気がする」
「ふふ、魔法を使ってるからね」
「え、嘘!?」
「うん、嘘。春が頑張ってるんだよ、一人の時よりも。それだけ」
今の俺にその嘘は効く。もし日向が聖騎士協会の人間で、俺を殺しに来たら……なんて考えたくないな。
黙る俺に日向が続ける。
「春はなんで急に筋トレしようと思ったの」
「んー、大牙が一時期ハマってただろ? だから俺もやろうかなって。あとそろそろモテようかなと」
「えー、あの春が? 人と話したくないって言って机で寝てたのに?」
「いつの話してんだよ! 今は普通に話してるだろ!」
「うん。でもね、私は春に変わって欲しくないって思ってるよ。ずっと、このまま一緒にいたい」
「……うん」
その為にやらなきゃいけないんだ。その言葉を飲み込んで家を出る日向を見送った。そして翌日、日向は家に来なかった。
「やばいやばいやばい! 遅刻する! 日向が来なかったらコレだよ!」
食パンを咥えながら教室へと飛び込む俺。遅刻は……してない。ギリギリセーフだ。
席へと座る俺に大牙が話しかけてきた。
「おう。最近多いな、遅刻」
「セーフだよ、セーフ。それよりも日向は?」
日向の席へと視線を送ると、そこに彼女の姿はない。
「さあな。一緒に遅れんのかと思ったんだけど、違うのか?」
「うん。家に来なかったんだよな。だから先に来てるのかと思ってた」
一応連絡しておくか。 日向にメッセージを送って携帯を閉じる。だが、放課後になっても返信はない。
家に行ってみたが、誰もいないのか。インターホンを押しても反応はなかった。そして、それは夜になっても変わらなかった。
改めてメッセージを送ってみても反応がない。少し探してみようか。
道へ出ようとした瞬間、携帯が震え、メッセージを告げる。
アカウント名は『不明』
「教会に来い」
「今時間無いんだけど」
「いいから来い。お前の目的もそこにいる」
「目的ってなんだ」
既読が付かなくなった。
嫌な予感がする。急いで教会へと向かい扉を開けるとそこには何度目かになる白いコートを着た男が俺を待っていたかのように立っていた。そして、その後ろには倒れ込んでいる日向とそれに覆い被さるようにしている桜木がいる。
「日向……。お前、二人に何をした」
「まだ何も? 君を釣るための餌になってもらっただけさ。悪魔憑き」
「餌……」
「抵抗するな、なんて言わないさ。あの時の続きをしよう」
男の手が光り、氷の剣を形作る。魔法……。
男の体に力が入る。こっちに迫ってこようかとしている瞬間、男の後頭部に巨大な氷の塊が直撃した。
「走れ!」
男の後ろから声が聞こえた。瞬間、地面を蹴る。拳を握りしめ男の顔面へと叩き込む! モロに攻撃を受けた男が仰向けに倒れた。
「馬鹿、そっちじゃない! 逃げろって言ってんだ!」
いつの間にか扉の前へと移動していた桜木が叫ぶ。その背には日向が乗っている。
桜木と共に教会を飛び出して問う。
「なんで逃げんの!? あのままぶっ飛ばした方が早いだろ」
「お前がまともに戦ったって勝てるわけないだろ。逃げてやり過ごすんだ」
「でもあいつは日向を……! それに桜木と一緒なら勝てるかもしれない」
「お前馬鹿か! 私の立場考えろってんだ。お前が人として生きる為に協力はしてやるが心中なんてしねえっての!」
「でも……」
あいつは日向に手を出した。それだけは許せない。それにまた放っておいたらまた何かするかもしれない。
俺を一瞥し何かを察したかのように桜木が足を止める。
「分かった。戦いたきゃ戦えばいい。ただしお前一人で、だ。それでも良いなら行け」
「ん、じゃあ行ってくる。日向の事だけお願い」
「待て。一つだけアドバイスをやる。思いっきり──」
「君は本当に鬼ごっこが好きなんだな」
桜木の声を遮るかのように男の声が聞こえた。桜木に目配せをして走るように促す。
二人の姿が見えなくなった頃、男に向かって言う。
「お前、名前なんていうんだ」
「知る必要があるのかな。これから死ぬというのに」
「あるだろ。初めてぶっ飛ばす奴の名前だぜ。一生かけて覚えておかなきゃ」
「葛木和葉。短い間だけどよろしくな、悪魔憑き」
「ああ、よろしく。そんで──さようなら!」
一気に距離を詰めて顔目掛けてパンチを繰り出す。だが簡単に避けられて俺の脇腹に回し蹴りが突き刺さる。吹っ飛んだ俺は近所の塀へとぶつかり崩れ落ちた。
「おっと、やり過ぎたかな。ほら、頑張れ頑張れ。君は僕を二回も殴ったんだ。そう簡単に終われると思うなよ」
振り上げられた剣を身を翻して避ける。そのまま一度距離を取って拳を構えた。
思い出せ。魔法を使った時の感覚。そして、桜木との組手。あの時の桜木は俺の動きに合わせて動いていた。落ち着いてやれば俺だって……。
「来いよ」
「へぇ、いいよ。乗ってあげる!」
振るわれる剣を躱し続ける。うん、見える。そして反応も出来る。
半歩後ろに下がって拳に力を込める。大きく剣が振り上げられた隙を突くようにパンチを突き出す。だが甲高い音を立てて片手で受け止められた。
「なんで……」
「僕の剣は魔法だ。作るも消すも自由なんだよ」
顔に拳が飛んでくる。抵抗する間もなく直撃し体が浮いた。地面を転がり鼻から流れる血を拭う。
立ち上がる俺に葛木は手を翳す。その手の中心にある青い色の宝石が光る。それと同時に杭のような氷が撃ち出され俺に迫ってきた。
両手を顔の前で交差させてガードする。衝撃で塀へと体が叩き付けられた。
「んー、やっぱり放出する魔法は使いづらいよな。お前はどう思う?」
余裕綽々といった顔で問うてくる。対して俺は全身が痛くて声が出ない。
桜木が最後に言っていた事を思い出す。思いっきり──
「……殴れ」
「ん? なんか言った?」
「一つ聞きたい。あんたはなんで俺を殺したいんだ」
「前も言ったでしょ。仕事なんだ。それだけ。まあ……」
腹に蹴りが飛んでくる。それを受け止めながら男の言葉を聞く。
「これは俺の趣味だけどね。できるだけ長く楽しむっていうか、痛めつけるっていうか? お前の中にいる奴も面白かったんだ。お前を殺したくない、なんて言ってさ攻撃してこないの。気持ちよかったなぁ、あの時は」
「そっか……」
「まあ、お姫様には怒られちゃったけどさ。結果的には良かったよ。目障りだった君も一緒に処分できるんだから」
「良かった」
「ん? 良かった?」
「うん、良かった……。悪魔って言われたからさ、どんな悪い奴なのかと思ったら何もしてなかったんだな」
残った力で思いっきり拳を握る。魔法は使えるか分からない。でも、前に桜木が言っていた。俺の体は悪魔の物に近いって。そして、それは人間の体より遥かに身体能力が高いって。それなら──
「俺はお前を許さない。日向を巻き込んだお前を」
「光栄だね。ならあの世で復讐の機会でも伺っているといい」
葛木が剣を作り出し俺の胸目掛けて突き出してくる。直後、横から飛んできた氷が剣を吹き飛ばす。
「なっ──!? お前!」
俺から視線を外した隙を見逃さない。拳を男の腹へと叩き込む。直撃した拳は大きな爆発を起こし男の体を吹っ飛ばした。
地面を転がる男を追いかけて馬乗りになり追撃をする。一発、もう一発。その度に爆発が起こり男の意識を吹き飛ばす。
それは俺の頭に冷たい塊がぶち当てられ意思が無くなるまで続いた。




