第29話 決戦前夜の作戦会議
――事の顛末は、数日前に遡る。
『一人で異国へ行く』と言い出したリズを前に、最高峰の頭脳を持つはずのユリウスとシアンは完全に論理破綻を起こし、敗北した。
彼女を祖国に置いていけば、勝手に後を追ってくるか、不安で幸福度を著しく低下させるのは明白。
ならばいっその事、彼女をシアンの絶対的監視下(隣)に置き、ユリウスの術式で存在そのものを完全に隠蔽(透明化)して行動を共にする方が最も安全かつ合理的である、という妥協案に着地したのだ。
かくして、決して交わるはずのなかった「完璧な論理」と「絶対的な暴力」は結託し、四人全員で異国へと渡ることになったのである。
異国の国際空港。そのプライベート機専用ゲートに降り立った「第7研究室」の一行を待っていたのは、場違いなほどの重厚な静寂と、漆黒の輝きを放つ三台の超高級リムジンだった。
【クロム視点:最適化された待遇面への違和感】
クロムの精緻な視覚センサーは、出迎えに並ぶ黒スーツの男たちの筋肉量と、リムジンに施された過剰なまでの魔導防壁を一瞬でスキャンした。
リムジンの装甲は、対戦車魔法の直撃にも耐えうる軍用グレード。しかし、その内部には最高級のシルクとシャンパンクーラーが完備されている。
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【クロム内部・AI推論プロセス】
[Analysis] 待遇面に、致命的なカテゴリーエラーを検知。
[Log] これは隠密任務のための偽装ではなく、王族の亡命、あるいは国家元首のパレード用です。
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クロムが警告を発するより早く、リムジンの影から一人の男が飛び出してきた。
かつてユリウスの右腕を務めた男、レザレスである。彼は隙のない完璧な礼を捧げ、狂信に近い光を宿した瞳でユリウスを見上げた。
「ユリウス様!お待ちしておりました。特務部隊の皆様をお迎えするため、この国で最も『安全』かつ『秘匿性』の高い五つ星ホテルの最上階を、フロア丸ごと借り切っております!」
「……レザレス。目立ちすぎるなと事前に言ったはずだが」
ユリウスの冷徹な声にも、レザレスは動じない。むしろ「これほどの国家規模の作戦に、この程度の準備は当然です」と言わんばかりの誇らしげな表情で、隣に立つシアン、そして「誰もいないはずの空間」へと視線を巡らせた。
「そちらに、ユリウス様が事前にお知らせくださった『透明化の術式を施された御方(リズ様)』がいらっしゃるのですね。
こちらの、我が妹のクレアにも既に説明済みです。ご安心ください、我が一族、口の堅さだけは保証いたします!」
レザレスの傍らで、クレアと呼ばれた一人の若い女性が深々と頭を下げた。
彼女はレザレスの妹であり、この国の中央魔導局で補佐官を務める有能な女性だ。
だが、彼女が顔を上げた瞬間の視線は、兄のそれとは全く別の熱量を帯びていた。
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【クロム内部・AI推論プロセス】
[Observation] 対象の視線が、マスター・ユリウスの顔面に完全にロック。心拍数の異常上昇、顔面の紅潮、および瞳孔の散大を確認。
[Data_Match] データリンク完了。対象はマスターが異国で研究していた時代からの、熱狂的な崇拝者であると判明。
[Analysis] 深刻なエラー。この個体もまた、兄であるレザレスと同様に、マスターに対する重篤な『バグ(狂信)』、そして『恋慕の情』を抱えていると推論します。
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クロムの無音の警告を他所に、一行は超高級リムジンへと吸い込まれていった。
【リズ視点:見えない私と、決戦前夜の作戦会議】
リズは、ふかふかのリムジンのシートに沈み込みながら、不思議な感覚に包まれていた。
ユリウスの高度な術式によって、彼女の姿は今、空気のように透き通っている。
隣に座るシアンが、見えないはずの彼女の手を、壊れ物を扱うような手つきで優しく握りしめていた。
「(シアン、この椅子、信じられないくらい柔らかいね……!)」
リズが小声で感嘆の声を上げる。
「(リズ、声のボリュームを。……ですが、確かにこの素材は、貴方の肌への摩擦係数を最小限に抑えるよう調整されているようですね)」
シアンの過保護な返答に、リズは苦笑した。透明な自分と、それを当然のように受け入れる最強の魔導AI。
やがて、リムジンは異国の首都を一望できる五つ星ホテルに到着した。
最上階のインペリアルスイート。そこは、これからの「討伐」を話し合う場所というよりは、贅を尽くした晩餐会の会場のようだった。
重厚な円卓を囲み、ユリウスが静かに口を開く。
「本題に入ろう。レザレス、標的共の動きは」
「はい。旧魔力炉跡地を拠点とする例の組織は、明後日の深夜、大規模な魔力抽出実験を強行する構えです。既に憲兵隊の内部にも彼らの息がかかった者が複数おり、公式な介入は困難でしょう」
レザレスは地図を広げ、真剣な面持ちで説明を続ける。その姿は、まさに国家の危機に立ち向かう忠義の騎士そのものだ。
「そこで、ユリウス様。ご提案いただいた『取引』の件ですが……私のような若輩者が、この事件の解決者として『英雄』の称号を賜るなど、恐れ多い限りです。ですが、ユリウス様が『表舞台のノイズ』を嫌われるのであれば、このレザレス、喜んでその泥を被り、盾となりましょう!」
「泥ではない。レザレスにとっては、望んでいた出世の椅子だろう」
ユリウスは冷たく言い放つが、レザレスはそれを「部下の野心までをも見透かし、利用させてくださる主の慈悲」と脳内で完璧に変換した。
「感謝いたします!事後処理、憲兵隊への突き出し、そして国際社会への説明……すべて私が、ユリウス様の名に傷一つ付けぬよう完璧に遂行いたします!」
その横で、妹が頬を染め、恍惚とした表情で言葉を発した。
「……素晴らしいです。かつて、たったお一人で海を超え、魔導の研究に没頭されていた頃から何も変わらない、孤高の天才……ああ、ユリウス様……!」
「……?」
見えない姿のまま、リズは静かに首を傾げる。
『狂信』と呼ぶにふさわしい熱を帯びた彼らの姿に、言い知れぬ既視感がこみ上げていた。
だが、ユリウスはそんなノイズになど目もくれず、窓の外に広がる異国の夜景を見据えた。
「作戦の最終確認だ。明日、俺が『リズ』に、クロムが『シアン』に偽装し、囮として敵陣に接触する。連中は必ず俺たちを拉致しようとするはずだ。それに乗り、敵の中枢へと入り込む」
ユリウスの右目が、冷酷な緑の光を帯びる。
「敵が明確な殺意と害意を見せたところで、『正当防衛』の範囲内で、合法的に連中を制圧する」
「そして、その隙に」
シアンが引き継ぐように口を開いた。
「私と本物のリズは、透明化の術式を維持したまま、敵地の最深部――廃魔力炉へと潜入します。そこで、リズの『アズライト・リリー』の種子を投下し、非合法なシステムごと完全に浄化する」
「御意。囮任務および非致死での制圧プロトコル、完璧に遂行いたします」
クロムが忠誠を誓い、透明なリズの隣で、シアンの瞳が冷徹な紫の光を放つ。
英雄の称号を巡る右腕の野心と、暴走する妹の盲目的な心酔。そして、姿なき室長を巡る、合法的制圧と浄化の作戦。
複雑に絡み合った思惑は、翌日に控える『決戦』に向けて、静かに加速し始めた。
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