第28話 右腕の狂信・忠誠の暴走
時を同じくして、海を隔てた異国の研究機関。
重厚な石造りの最深部に位置する執務室は、深夜の静寂の中、魔導モニターの冷たい青光にのみ照らされていた。
キーボードを叩く音が、規則正しく、かつ異常な速度で響き渡る。
デスクに向かう男――かつてユリウスの『右腕』として研究チームを支えた男、レザレスは、旧魔力炉跡地から抽出した微小な異常波長データを高速で解析し、幾重にも暗号化を施して祖国のユリウスの元へと送信していた。
王立アカデミーを卒業後、父であるグライア理事長の威光が一切届かないこの異国の地へ単身留学してきたユリウス。
彼は圧倒的な頭脳と冷徹な論理のみを武器に、凡人たちの嫉妬や権力闘争をすべてねじ伏せ、実力だけでこの異国の機関においてトップ層にまで上り詰めた。
長年ユリウスの右腕として務めあげたレザレスは、その過程で主の狂気的なまでの才能と孤高の在り方に惚れ込み、組織の枠を超えて絶対の忠誠を誓っていた。
「……送信完了。旧魔力炉跡地の波長変動、および地下施設の構造図。ユリウス様のご要求通りだ」
レザレスは深く息を吐き出し、モニターの光に照らされた己の手を見つめた。
彼の脳裏にフラッシュバックするのは、数日前にユリウスから繋がれた極秘通信の記憶である。
『――廃魔力炉付近のネズミ共を、俺の「私用」で処分する』
通信越しに響いたユリウスの声は、相変わらず傲然とし、冷酷な知的好奇心に満ちていた。
『だが、俺は表舞台に出る気はないし、国際問題の事後処理などという非生産的な作業に割く時間もない。そこで、お前に取引を持ち掛けたい』
『取引、でございますか?』
『ああ。現場の制圧は俺と研究室の仲間で行う。お前にはその後の残党の捕縛と、異国政府への事後報告を引き受けてほしい。対価として、異国の暗部を摘発した「英雄」の肩書はすべてお前に譲渡する。……お前の昇進には、極めて都合の良い話じゃないか?』
第一周目にて、己を死に追いやった元凶の徹底的な解剖と殲滅。
ユリウスにとっては、己の矜持とケジメをつけるための、純粋な「私用(裏仕事)」に他ならなかった。そして、無駄を嫌う彼にとって、野心家の右腕に『手柄』という餌を与えて事後処理を丸投げするのは、極めて合理的な最適解であった。
だが。
有能すぎるがゆえに、そしてユリウスという天才を狂信しているがゆえに。
レザレスの脳内では、猛烈な情報処理と『過剰な深読み』が、歓喜と共に暴走を始めていた。
(私用、だと……?いや、あり得ない。あの完璧な論理の結晶であるユリウス様が、そのような非合理な理由で他国へ武力介入するはずがない)
レザレスは立ち上がり、執務室の中を落ち着きなく歩き回った。その瞳には、出世欲と主への崇拝が入り交じった狂気的な光が宿っている。
数日前、レザレスがユリウスへ送信したデータに対し、異国の国家防衛システムすら無力化するであろう規模の、規格外のサイバー攻撃が仕掛けられた痕跡があった。
しかし、その神のごときハッキングは、ユリウス側で展開された未知の防壁によって完璧に弾き返されていたのだ。
(あれほどの異常な情報戦……。そして、他国の暗部を秘密裏に制圧するだけでも至難の業だというのに、それらをいとも容易く成し遂げた上で、手柄をすべてこの私に譲渡するということは……。
間違いない。これは、私をこの国の国家中枢に食い込ませるための、壮大で冷徹な政治的布石……!!)
彼は独自の情報網を駆使し、ユリウスが祖国へ帰還した後の行動ログを照合した。
特命幹部という重職に就いたユリウスが、なぜか巨大研究機関の最下層にある辺境の部署、「第7研究室」に連日入り浸っているという不可解なデータ。
(なぜ、あのユリウス様が辺境の植物ラボなどに……?……いや、待て。あの強固な情報防壁と、仲間という言葉。点と点が繋がったぞ……)
レザレスの目が、決定的な確信に見開かれた。
(あの第7研究室は、ただの植物ラボなどではない。他国の暗部を秘密裏に壊滅させるための『特務部隊』を育成する、極秘の偽装拠点なのであろう!!)
恐るべき推論の飛躍。
だが、レザレスの頭の中では、すべてのピースが完璧な論理として組み上がってしまった。
ユリウスが手塩にかけて育て上げた、冷酷無比な暗殺者たち。彼らが、表向きは「魔導植物学者」という無害な仮面を被り、この国へ放たれるのだと。
「……なんという恐るべき知略。ありがたき幸せ……!ユリウス様の壮大な計画、このレザレスが完璧にサポートしてみせましょう」
誰もいない執務室で、右腕は歓喜に打ち震えながら不敵な笑みを浮かべた。
自分を英雄に仕立て上げるという主の慈悲に応えるため、己の果たすべき役割は明確だった。
「この国の憲兵隊など、あの特務部隊の前では足手まといにしかならない。私が独断で、完璧な盤面を用意せねば……!」
有能な右腕の指先が、再び高速でキーボードを叩き始める。
冷酷な特務部隊が一切のストレスなく任務を遂行できるよう、周囲の監視網を完全に遮断できる最高級のスイートルームを完備した五つ星ホテルを極秘裏に貸し切り手配。
最新鋭の魔導防壁を搭載した超高級リムジンのチャーター。
接触地点として、カモフラージュに最適な異国情緒溢れる高級レストランの予約。
さらに、彼らが表向きの「視察団」として怪しまれずに行動できるよう、現地のガイド兼サポート役として、自身の優秀な妹をアサインする。
「完璧だ……。これでユリウス様と特務部隊は、いかなる不自由もなく、優雅に標的を殲滅できるはずだ」
レザレスは、己の過剰な最適化によって組み上げられた完璧な手配書を眺め、狂信に満ちた瞳で深く頷いた。
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