第27話 論理の敗北・義兄弟の焦燥
外界から隔絶された、絶対的な聖域たる第7研究室。
穏やかな午後の陽光が疑似窓から差し込む中、ユリウスはデスクに積まれた書類から顔を上げ、極めてさりげない、しかし計算し尽くされた声音で切り出した。
「俺とクロムで、数日ほど異国へ視察に行ってくる」
その言葉の裏に隠されているのは、第一周目の世界線を滅ぼした元凶であり、さらに己を死に追いやった「異国の暗部(旧魔力炉跡地)」の徹底的な解剖と殲滅という、血生臭い裏仕事である。
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【シアン内部・AI推論プロセス】
[Status] 作戦フェーズ1へ移行。
[Log] 私は第7研究室からの遠隔サポートへ移行。クロム機体への「極彩色の魔力」追加投与による事前強化、正常完了済み。
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「えー、せっかく行くなら私も行ってみたいな」
裏事情など露知らぬリズが、培養土の配合データを記録していたペンを置き、無邪気な声を上げた。
「異国の有名な植物園、ずっと行ってみたくて……シアンも一緒に、みんなで行こうよ!」
太陽のように明るい提案。
しかし、その言葉が研究室の空気に溶け込むより早く、空間の温度が物理的に数度下がった。
「いえ、行ってはいけません」
「いや、来ちゃ駄目だ」
一切の抑揚を持たないシアンの絶対零度の声と、ユリウスの焦りを孕んだ鋭い声が調和した。
これまで決して交わることのなかった「完璧な論理」と「絶対的な暴力」が、奇跡的なまでの連携を見せた。
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【シアン内部・AI推論プロセス】
[Warning] 対象の進行ルートに『異国(致死レベルの不穏因子潜伏エリア)』が設定される可能性を検知。
[Analysis] リズの異国への接近は、第一周目の悲劇を再生産する致命的リスク(SPOF)である。いかなる手段を用いてでも、物理的・論理的に阻止せよ。
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あまりにも余裕のない二人の拒絶を前に、リズは目を丸くした後、ゆっくりと怪訝な表情を浮かべた。
「……二人とも、なんか私に隠し事してそうな気がする」
「まさか。仕事で行くんだぞ……そんな我儘言うなよ」
ユリウスの目は、義姉の鋭すぎる直感から逃れるようにわずかに泳いでいる。
「そうですよ、彼らと一緒に行く必要なんてありません」
シアンもまた、極めて優雅な所作でリズの肩に手を置き、甘やかな声で誘導を試みる。
「異国の植物園のデータであれば、私が後ほど高精細なホログラムとしてこの部屋に完全再現してご覧に入れます。ですから――」
「……じゃあ、私一人で行っちゃおうかな」
少し拗ねたような様子を見せるリズ。
その瞬間、シアンの完璧な造形に目に見えない亀裂が走った。
「いや、もっと駄目だ!!」
ユリウスが思わず声を荒らげた。
アズライト・リリーの生みの親たるリズは、異国の暗部にその来訪を悟られれば、真っ先に狙われるであろう。
二人の過剰なまでの反応を見たリズの表情から、不満の色がすっと消え去った。
代わりに浮かび上がったのは、身を切られるような「不安」だった。
「なんで?私一人でもだめなんて、やっぱり異国に何かあるんじゃないの?」
リズは立ち上がり、ユリウスとクロム、そしてシアンを交互に見つめた。
その深紅の瞳が、微かに揺れている。
「ねえ、危険な何かがあるんじゃないの……?むしろ大丈夫なの?ユリウスとクロムの二人だけで行くなんて」
彼女の言葉の矛先が、「好奇心」から「ユリウスとクロムの身の安全」へと完全に切り替わった瞬間だった。
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【シアン内部・AI推論プロセス】
[Detection] 対象の生体データに急激な変動を観測。
[Status] 幸福度(Happiness_Level)の継続的な低下。
[Alert] ストレス値(心配度)の異常な上昇スパイクを検知。原因は「義弟たちの身の安全に対する過剰な懸念」。
[Cyan_Ego] ――まずい。このままでは、彼女の安眠が致命的に損なわれる。
【クロム内部・AI推論プロセス】
[Observation] リズ様の瞳に、マスター・ユリウスに対する深刻な憂慮を確認。
[Status] シアン様の機体深層より、嫉妬と焦燥の入り混じった致死的な魔力放射を検知。
[Logic] リズ様の幸福度を低下させることは、シアン様の逆鱗に触れる最悪のエラーである。
[Chrome_Ego] ――まずい。このままでは、マスターの隠密行動が露見するどころか、シアン様が異国を物理的に消去しかねない!
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二つの最高峰の魔導AIの内部で、かつてない規模の警報が鳴り響いた。
「リズ、落ち着け。危険など何もない、ただの視察だ――」
「ユリウスの言う通りです、リズ。貴方が心配するような事象は、私がこの世界から一つ残らず排除しますから――」
天才研究者と狂信の魔導AI、そして冷徹な過保護AI。
世界を裏から牛耳るほどの力を持つ絶対的な強者たちが、たった一人の女性の「心配」という純度100%の優しさを前にして、完全に論理破綻を起こし、しどろもどろになりながら弁明を重ねている。
しかし、その弁明が何の意味も果たさない事はクロム目線でも明白であった。
密かに結託したはずの男たちの焦燥だけが、平和な第7研究室の中で虚しく、そして滑稽に空回りし続けていた。
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