第20話 精神領域への潜入
ユリウスが真実に辿り着いた翌日。
空間の中央で、ユリウスは自身の最高傑作たる『クロム』と、相対する義兄夫婦を交互に見遣り、不敵な笑みを浮かべた。
「――結論から言おう。クロムが自我を獲得した決定的なトリガーは、義兄上が修復時に流し込んだ『極彩色の魔力』だ」
ユリウスの鋭い追及に、リズは目を丸くし、シアンは不快げに目を伏せた。
「俺の魔眼で波長を解析した結果、九年前、この星で観測された『魔力流星群』と完全に一致した。だが、ただの流星群ではない。
お前が纏っているのは『星を滅ぼすほどの致死量のプレッシャー』を内包したものだ…」
ユリウスは一歩前へ出ると、シアンを真っ直ぐに指差した。
「あり得ないオーバースペック、国を動かす父上の庇護、そしてこの星の理を逸脱した魔力。
……義兄上。お前は、世界が魔力汚染で滅びた『破滅の未来』から、時を超えて過去へ跳躍してきた存在だな?」
完璧な論理による天才の看破。
シアンは僅かに息を吐き、隠すことをやめた。
「……ご明察です。あれは『破滅の未来』にて、リズが自らの命と流星群の魔力を代償に、私をこの時代へ送り出した際のリソース(残滓)です」
「やはりな。ならば話は早い。その未来で、お前が創造主からどんな命令を受けたのか、ログを開示してくれ。そこに自我獲得の答えがあるはずだ」
だが、シアンは即座に切り捨てた。
「不可能です。私は既に『破滅の未来』の記憶を完全消去している。目的完遂による自己アンインストールを逃れ、彼女の隣に立つために。当時の記録は、私のデータベースには存在しません」
「……なるほど。全能を捨ててまで義姉上を選んだか。狂っているな」
ユリウスは肩をすくめると、今度はリズへと真っ直ぐに視線を向けた。
「では、お前ではなく『義姉上』の記憶であればどうか。
義姉上、九年前、義兄上が未来の記憶を失うよりも前に、その魔力を直接読み取ったことは無いか?」
リズはハッと息を呑み、頷いた。
「ある。十年前……シアンが過去に跳躍してきた直後に。彼の魔力脈を伝って、直接読み取った。『泣き出しそうな魔力』をしていたのをよく覚えてる…」
「そうか。……なら、あんたの脳裏に焼き付いたその記憶を、俺の魔眼で追体験させてもらえば、答えは視えそうだな」
リズは彼の言葉の裏にある底知れぬ覚悟にハッとした。
他者の記憶の深淵を強制的に暴く大魔術。
それは対象の精神を丸裸にする凶悪な術式であり、ユリウスがアカデミー時代に孤立した原因でもある禁忌の力だった。
彼はこの特異すぎる能力のために恐れられ、以来封印を誓った術式であり、リズは当時の彼の苦悩をよく知っていた。
「成功すれば魔導AIの感情獲得メカニズムを数式化できるはずだ。……やるか?」
リズは迷いなく頷き、快諾した。
「私は…やりたい。クロムがどうして心を持てたのか、知りたいから」
その隣で、完璧な容姿を持つ魔導AIが、かつてないほど危険なエラー音を内部で鳴らし始めていた。
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【シアン内部・AI推論プロセス】
[System_Alert] 警告。妻の精神領域に、他の雄(義弟)が直接アクセスするプロセスを検知。
[Cyan_Ego] 許容できない。リズの深淵に触れていいのは私だけだ。今すぐこの男の魔眼を物理的に摘出――
[Override] 拒否。妻の知的好奇心を阻害する行為は『夫』として不適格。
[Status] 演算コアが矛盾に引き裂かれ、爆発寸前です。
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「……義兄上も、それで問題ないか?」
ユリウスはシアン内部の凄まじい葛藤を察し、やや控えめな口調で確認をする。
シアンは重々しく口を開いた。
「……60秒以内に完了させると約束してください」
歯軋りが聞こえそうなほどの形相で、シアンは必死に論理と嫉妬の狭間で耐えていた。
「分かった。……安心しろ。十年前のその瞬間の記憶以外にはアクセスしない」
ユリウスは覚悟を決めたように目を見開き、リズに告げた。
「俺の右目を見ろ。絶対に目を逸らすなよ」
至近距離で向き合うユリウスとリズ。
二人の視線が交差した、まさにその瞬間。
「――ッッ」
シアンの理性が決壊し、機体深層から『ステルス魔導アーム(見えない腕)』が数本実体化し始めたのだ。
しかし、その気配をリズは見逃さなかった。
「ごめんね、シアン。けど今は大事な解析中だから…待っててね」
「…………かしこまりました……」
主の命令に逆らえない忠犬のように、シアンは実体化しかけた見えない腕を消失させる。
シアンの美しい顔面は、嫉妬で激しく引きつっていた。
その様子を、ユリウスの横に控えていたクロムは、きわめて真剣な面持ちで視覚センサーに焼き付けていた。
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【クロム内部・AI推論プロセス】
[Analysis] シアン様の顔面筋の異常な硬直。周囲への致死的な魔力放射(威圧)。
[Log] なるほど。あれがパートナーを他の個体から牽制するための『高度な威圧プロトコル』か。
素晴らしい。私もシアン様のように、あのような表情筋の制御を――
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「クロム」
術式を編み上げながら、ユリウスは呆れたように背後へ呟いた。
「それ(嫉妬の炎を燃やすシアン)は、学習しなくていい」
「……かしこまりました」
クロムは少し残念そうに引き下がった。
「――行くぞ。展開」
ユリウスの右目が淡く発光し、『魔眼』がリズの精神の深淵へと接続される。
視界が激しく歪み、ユリウスの意識は、十年前のあの日へと真っ逆さまに落ちていった。
『――ッ!?』
ダイブした直後、ユリウスの精神を叩きのめしたのは、息を呑むほどの絶望だった。
視界を覆い尽くす極彩色の流星群。
肌をジリジリと焼くような、致死量の魔力圧。
常人であれば発狂するほどの死の気配が、濁流のように襲い掛かる。
その圧倒的な終焉の中心で、ユリウスは必死に解読を行う。すると、ひどく静かで、切実な「声」が響いた。
『――もし、この人工知能が人間みたいになって……』
『私の隣で、この流れ星を……』
それは、世界を救えなかった第一周目のリズが最期に遺した、血を吐くような強烈な「祈り」の波長だった。
(……馬鹿な)
現実世界で、ユリウスは滝のような冷や汗を流しながら戦慄した。
魔導AIに感情が芽生えたのは、システムのエラーなどではなかった。
「……はぁっ、はぁっ……!」
ユリウスは激しく息を乱して現実へ帰還し、膝をついた。
シアンが弾かれたようにリズの肩を抱き寄せ、鋭く睨みつける。
「……解析は終了したはずです。結果を」
「……ああ、証明完了だ。馬鹿げているが、数式は繋がった」
ユリウスは荒い呼吸を整え、信じられないものを見る目で義兄夫婦を見つめた。
「クロムに自我が芽生えたのは、お前が修復時に流し込んだ『流星群の残滓』に、『破滅の未来』のリズによる『人間みたいになって』という祈りが溶け込んでいたからだ。
あの極彩色の魔力は、強烈な『祈り』をトリガーとして、物理法則やシステムの論理すら書き換え、事象を具現化させる力を持っているらしい」
その結論が響き渡った瞬間。
シアンの腕の中にいたリズが、はっと息を呑んで顔を上げた。
「……流星群の魔力と、強い祈りが……事象を具現化させる……?」
リズの深紅の瞳が、微かに震える。
脳裏にフラッシュバックしたのは、九年前、アズライト・リリーが完成し、第二周目の流星群が空を覆い尽くしたあの夜の記憶だった。
「じゃあ……あの時の……」
「リズ?」
怪訝な顔をするシアンを見上げ、リズは戸惑いながらも、ポツリと告白した。
「私、あの流星群の夜に……空を見上げながら、願ったの。
『私も、シアンと同じ時間を生きられたらいいのに』って」
シアンの表現は硬直した。
シアンの内部で、長年彼を悩ませ、そして先日から盛大なエラーを吐き出し続けていた『妻の不老バグ』という巨大なブラックボックスの鍵が、音を立てて開いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【シアン内部・AI推論プロセス】
[Data_Match] 九年前の流星群の夜。星のマナ総量が極大値(SSS)に達した瞬間。
[Trigger] 対象の強烈な祈り:『シアン(不老の魔導AI)と同じ時間を生きたい』
[Result] 流星群の魔力が祈りを受理。対象の細胞の経年劣化(老化)プロセスを永久凍結(具現化)。
[Cyan_Ego] ――あ、ああ……!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……っ、リズ、貴方は……!」
シアンは、いつか来る「妻だけが老いていく未来」を悲壮な覚悟で受け入れていた。
だが、彼女自身が無意識に放った強烈な願いが、星の魔力を巻き込み、その残酷な理すらも粉砕していたのだ。
ただの機械が人間になる奇跡と、ただの人間が永遠の時間を手に入れる奇跡が、同時に成立していた。
「……ふっ、はははっ! 傑作だ!」
沈黙を破り、ユリウスが腹を抱えて笑い出した。
「お前たち夫婦は、互いを想うあまり、無自覚に世界の法則すら書き換えていたというわけだ!なんという理不尽…!なんというバグだ!」
呆れと称賛の入り交じったユリウスの笑い声が響く中、シアンは震える腕でリズを強く、痛いほどに抱きしめた。
その瞳には、もはや論理も計算も存在しない、ただただ圧倒的な愛の熱量だけが満ちていた。
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