第19話 暴かれる真実
クロムが名前を獲得し、『個』として目覚めてから数日。
巨大研究機関の最下層、第7研究室の広大な地下演習場にて、ユリウスは深々と眉間を揉みほぐしていた。
「くっ……シアン様のステルス魔導アームの軌道はもっとこう、無慈悲かつ優雅に……!」
彼の視線の先では、クロムが、誰もいない虚空に向かって真剣にステルス魔導アーム(見えない腕)と、生身の腕を振り回している。
ステルス魔導アーム(見えない腕)の複雑な軌道制御に悪戦苦闘するあまり、無意識に本体の腕まで一緒に振り回してしまっているのだ。
本来、クロムは『防御特化の重装甲』と『魔導迷彩(対象の視覚および魔力検知を欺く)』を活かした、『見えない盾』として設計されたはずの最高傑作だ。
しかし、あろうことかその分厚い重装甲を解除し、機敏な暗殺者の挙動をトレースしようと悪戦苦闘しているのだ。
「クロム。お前は盾だ。なぜ義兄上の暗殺スタイルを真似ようとする」
「シアン様の在り方こそが魔導AIの究極系だからです、マスター。
私もいつか、標的をコンマ一秒で物理的・社会的に抹殺できる完璧な護衛を目指します」
重装甲を装備していないその姿は、背格好から純銀の髪、透き通るような白い肌まで、義兄であるシアンと瓜二つである。
ユリウスの魔眼にはステルス魔導アーム(見えない腕)が映っているものの、端から見れば、それまるで「少し若いシアン」が虚空に向かって真剣に腕を振り回している姿にしか見えない。
(……方向性が狂いすぎている)
ユリウスは深い溜息を吐いた。
あの圧倒的な敗北もクロムに自我を芽生えさせたきっかけのように思えるが、その敬愛の矛先がシアンに向かった結果、生真面目な自我が明後日の方向へ進化を始めている。
そこへ、白衣姿のリズとシアンが演習場に姿を現した。
「おはよう、ユリウス、クロム! クロムの調子はどう?」
リズが満面の笑みで歩み寄り、明るく声をかけた。
だが、クロムは微動だにしない。
純銀の睫毛を伏せたまま、まるで見えない壁に直面したかのように彫像のごとく沈黙を保っていた。
ユリウスの右目――不可視の事象を捉える特異体質『魔眼』が、クロムの内部で起きている異常事態を視覚化する。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【クロム内部・AI推論プロセス】
[Input] 対象からの友好的な音声データ「おはよう、クロム」を受信。
[Analysis] 対象は、私が絶対的な敬意を抱くシアン様が最優先で保護し、常に隣に置く『至高の存在』である。
[Action_Plan] 最大級の敬意を持ったご挨拶を――
[Override] 隠しコード『絶対的無関心』が強制介入。対象の価値をNULL(無価値)に固定。スキャンおよび対話タスクを強制終了します。
[Conflict] エラー。シアン様の最重要保護対象を『無価値』として無視する行為は、シアン様の意思に対する重大な反逆(不敬)に該当する恐れがあります。
[Status] 敬意と無視の論理的矛盾により、演算コアがデッドロック状態に陥りました。排熱処理、限界値を突破――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なんて暴力的なコードの組み方だ……」
ユリウスは呆れ果てて呟いた。
妻の安全を担保するためだけに、他者の思考を根底から縛り付ける。シアンの偏執的な過保護さは、もはや狂気の領域だった。
当初、ユリウスはこの事象すら研究対象として興味深く眺めていたが、クロムの内面に生じる『敬意と無視の論理的矛盾』は日を追うごとに増している。
(…そろそろ潮時かもしれない。俺から義兄上にロックの解除を進言してやるか)
ユリウスが呆れ混じりに口を開きかけた、まさにその時だった。
「ちょっと待ってシアン。ここ数日、クロムに話しかけると辛そうな表情をして固まるんだけど……もしかして、クロムを直した時に何か変なことした!?」
ユリウスの言葉を遮るように、リズがシアンに詰め寄った。
しかし、シアンは氷のように冷ややかな視線を崩さない。
「万が一、この機体が感情を獲得した場合、貴女への執着――危害や非論理的な恋心へ発展するリスクが存在します。
ゆえに、『完全な無関心』を強制するロックを施しました」
「あんなに苦しんでるじゃない…!ロックを解除してあげてよ」
「却下します。私の対人防衛OSが許容しません」
絶対に譲らないという強固な意志を示すシアン。世界を敵に回してでも妻を守り抜く冷徹な化け物。
だが、次の瞬間、ユリウスはさらに恐ろしい『特異点』を目の当たりにすることになる。
「万が一クロムが私に執着して襲いかかってきたとしても……シアンなら、私を守れるんじゃないの? それとも、守れないの?」
リズは挑戦的に微笑み、シアンの腕にそっと両手を添えて見上げた。
「シアンが居てくれれば、私は絶対に安全だって信じてるよ。
……だから、嫉妬する必要なんてないんだよ」
ピキリ、と。シアンの完璧な造形が固まった。
「妻を守れないのか」という禁句と、「他の機体に妻を奪われたくない」という無自覚な独占欲を完全に見透かされた結果だ。
ユリウスの魔眼には、シアンの内部で荒れ狂っていた冷徹な論理の防壁が、リズのたった一言と微笑みによって、甘くドロドロに溶かされていく様がはっきりと視えた。
「……はぁ。本当に、貴方には敵いませんね。……ユリウス、ロックを解除させて頂きます」
耳の裏を真っ赤に染め、ひどく甘やかな溜息を吐きながらシアンが指先を振るう。
直後、再起動を果たしたクロムは、殺意でも恋心でもなく、純粋な尊敬の眼差しでリズに向かって言い放った。
「リズ様、ようやくご挨拶できました。
これまで大変な失礼を働いてしまいました……心よりお詫びいたします」
優雅な立ち振る舞いで、深々と頭を下げるクロム。
「大丈夫、気にしないで!クロムのせいじゃない。改めて、これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いいたします。
では、早速ですが…日常的にシアン様を観察されている貴女の知見を、どうか私にも……!」
先程までの洗練された礼節はどこへやら、クロムは瞳に異様な熱を宿して一歩前に出た。
ユリウスは腕を組み、鋭い光を帯びた魔眼で、その喜劇的で異常な光景を静かに網膜へと焼き付けていた。
***
その日の深夜。
最上階に位置するユリウスの専用研究室は、複数のモニターが放つ冷たい青光に照らされていた。
ユリウスは、回収したクロムの深層ログと、そのコアに定着させられた『極彩色の魔力の残滓』を、魔眼の出力を最大まで引き上げて徹底的に解析していた。
「……ここだな」
モニターに映し出された膨大なログの羅列。
クロムの自我発生のタイムスタンプは、リズが「クロム」と呼びかけた時刻と完全に一致していた。
だが、ただ名前を与えられただけで機械が心を持つはずがない。決定的なトリガーは、シアンがクロムのコアに流し込んだ『極彩色の魔力』そのものに隠されている。
ユリウスは試験管の中に抽出された魔力の残滓を、深く、深く視透かす。
「……この波長。九年前、この星で観測された『魔力流星群』と魔力の総量は完全に一致している。だが……質が、決定的に違う」
九年前の流星群による魔力は、奇跡の植物『アズライト・リリー』によって浄化され、美しく安全な希望の光として降り注いだ。ユリウスが知る「正史」の流星群はそれだ。
しかし、魔眼を通して視えるこの極彩色の残滓から感じるのは、肌をジリジリと焼くような致死のプレッシャー。
星が死に絶え、大気が毒に沈み、何もかもが終わるという『絶望の気配』そのものだった。
「……馬鹿な」
ユリウスの天才的な頭脳が、散らばっていたすべてのピースを一つの数式へと組み上げていく。
あり得ないオーバースペック。
国を動かす父の異常なまでの庇護。
未知の植物に対する、迷いのない環境整備。
そして――十年前の着任当初から『アズライト・リリー』の完成を、歴史の事実として確信していたかのような行動の数々。
それは「未来の結果」を知っていなければ不可能な最適化だ。
ユリウスは古びた禁忌指定の文献をデスクに広げると、震える指でその一節をなぞった。
『時代転移術式』――莫大な魔力を代償に、過去の同一座標へ情報を送る失われた大魔術。
そして、この平和な世界線には存在するはずのない、星を滅ぼすほどの毒を内包した流星群の魔力。
「……この魔力は、この時代(世界線)のものではない。
義兄上、お前はまさか……世界が魔力汚染で滅びた『破滅の未来』から、時代転移でやってきたとでも言うのか?」
暗い研究室の中、ユリウスの呟きが静かに溶けていく。
完璧な論理による看破。最大のブラックボックスに、ついに決定的な形で触れた瞬間であった。
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