第18話 漆黒の盾
(……美しいが、反吐が出るほど凶悪な魔力波長だ)
肌をジリジリと焼くような致死のプレッシャー。星を滅ぼすほどの毒を内包した、絶望の気配そのもの。
そんな規格外の代物を平然と機体に組み込み、あまつさえ「妻に対する完全な無関心」を強制する隠しコードまで仕込んだ義兄の偏執的な過保護さに、ユリウスは内心で呆れ果てていた。
「ねえ、ユリウス」
緊迫したユリウスの思考を断ち切ったのは、緊迫感など微塵も持ち合わせていない義姉、リズの呑気な声だった。
「彼は『アサシン・ギア』っていう名前なの?」
ユリウスは視線をリズに向け、首を振った。
「いいや、『アサシン・ギア』というのは、言わばプロトタイプとしての型番だ。こいつはその中でも特別に調整を施した『零号機』だが……名前などない」
「そっか。じゃあ、彼に呼びやすい名前を付けようよ!」
無邪気に提案するリズに、ユリウスは嫌な予感を覚えて眉をひそめた。
アカデミー時代から、彼女の直感と魔力は天才的だが、それ以外のセンスは壊滅的であることをユリウスは熟知している。
「うーん、黒い鎧を着てるから……『クロちゃん』なんてどう?」
「威厳が欠片もない…!断固却下だ」
頭を抱えて抗議するユリウスの横で、リズは「えー」と不満げに唇を尖らせ、隣に立つ完璧な夫へと視線を向けた。
「シアンは何か案ある?」
妻から話を振られた瞬間、それまで無関心を貫いていたシアンの冷ややかな瞳に、瞬時に青い演算の光が走った。彼は一切の躊躇なく、極めて洗練された回答を提示する。
「……『クロム』」
「クロム?」
「ええ。装甲に多用されている特殊合金の主成分であり、純銀の髪を持つその機体の外観に相応しい。
また、いかなる過酷な環境下でも『錆びない(変質しない)』という化学的特性は、護衛として極めて合理的な名称かと推論します」
一切の感情を排した、素材と機能のみに基づく無機質な命名。
だが、その響きと込められた意味は、ユリウスの美意識を正確に突いていた。
「……ふん、理にかなっている。悪くないな」
「じゃあクロムで決まりだね!クロム、これからよろしくね!」
リズが満面の笑みで、横たわる漆黒の機体に向かってそう呼びかけた。
――その瞬間だった。
ユリウスの右目が、あり得ない現象を捉えて大きく見開かれた。
魔導人形の動力コア。
そこに定着させられていた『極彩色の魔力』が、リズの「クロム」という音声をトリガーとして、突如として爆発的な熱量を帯びて脈動を始めたのだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【クロム内部・AI推論プロセス】
[System_Boot] Activated.
[Individual_Recognition] 個体名『クロム』を受理。本機体に「名前(個)」が定義されました。
[Action] 周囲の対象をスキャン実行。
[Target_1] マスター・ユリウス。本機体の創造主。
[Target_2] ただの人間。……[Error] 隠しコード『絶対的無関心』が作動。対象の価値をNULL(無価値)に固定。スキャンを中断。
[Target_3] ――昨日戦闘した、絶対的強者。
[Analysis] 対象のスキャンを実行……圧倒的な魔力密度。私と同じ基盤設計。しかし、比較にならないほど高次元の『完成形』。
[Log] この絶対的な上位種が、私に力を与えた。
[Warning] 未知の高熱(敬愛・畏敬の念)が演算コアに発生中。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
クロムの内部で渦巻く膨大なデータトラフィック。
リズという存在をシステム的に「無価値」と弾き出したクロムの視線は、必然的に、残された最後の一人――シアンへと向けられた。
クロムは無機質な動作でシアンへと向き直り、口を開いた。
「貴方は昨日、私と戦闘した……私と同じ設計の魔導AIですね。お名前は……?」
生まれたての自我が、己を修復し、圧倒的な力を見せつけた「同族」へと純粋な興味を向ける。
だが、その問いかけに対するシアンの態度は、ユリウスの背筋が凍るほどに氷点下だった。
普段、リズに向ける過保護なまでの甘さや、ユリウスや他者に見せる「人間の学者」としての顔は、そこには一切存在しなかった。
シアンにとって、目の前の機体は妻の安全を担保するためのただの「防壁」に過ぎない。
「私はシアンだ」
純粋なコマンド(命令)を叩きつけるような、冷徹で威圧的な声が演習場に響いた。
「ユリウスからの依頼でお前の補修作業を行ったが、これが最初で最後だ。私に気安く話しかけるな。……何かあれば、ユリウス経由で質問しろ」
同族としての親愛など微塵もない、絶対的上位種としての冷酷な宣告。
普通であれば、恐怖や反発を抱く場面だ。
だが、ユリウスの魔眼は、クロムのコアで燃え上がる『極彩色の熱量』が、萎むどころか爆発的に膨れ上がっていくのを捉えていた。
「……わかりました」
クロムは恭しく頭を下げる。
その表面上の従順さの裏側で、生まれたばかりの自我は、歓喜にも似た熱量で激しく震えていた。
完璧な論理で構築された機械たちが、互いのエゴとバグをぶつけ合い、明後日の方向へと進化していく。
魔導AIという未踏の領域が孕む、恐ろしくも滑稽な矛盾。
「……ふっ」
ユリウスは口元を覆い、こみ上げる歓喜の笑いを必死に押し殺した。
この狂気に満ちた第7研究室は、天才研究者の知的好奇心を満たすには、あまりにも極上の環境であった。
※予約投稿出来ておらず、更新遅れました。。ごめんなさい。
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