第17話 命の定着
非常識な性能評価(模擬戦)から一夜明けた、第7研究室の広大な地下演習場。
無機質な静寂が支配する空間の中央で、ユリウスは自身の最高傑作たる『アサシン・ギア』の焦げ付いた軽鎧を撫でながら、静かに魔眼を光らせていた。
「……見事な破壊痕だ。それに…これはただの魔力ではないな」
常人には不可視の魔力波長を視覚として捉える特異体質『魔眼』。
その出力を上げ、ユリウスは機体のコア周辺に焼き付いた残滓を深く視透かす。
昨日の模擬戦で、あの得体の知れない義兄――シアンが放った極彩色の光。
直撃こそ免れたものの、表面を掠めただけの余波で、アサシン・ギアの内部回路は致命的なショートを起こしていた。
ユリウスの背筋を微かに震わせたのは、その威力の異常性だけではない。
魔眼を通して視るその残滓には、肌をジリジリと焼くような『死の気配』が濃密にへばりついていたのだ。
平和なこの時代において、これほどまでに純度の高い絶望を内包したエネルギーなど、存在するはずがない。
(義兄上……お前のその力の源泉には、一体何が詰まっている?)
純粋な研究者としての知的好奇心が、ユリウスの胸の奥でどす黒く燃え上がる。
完璧な論理で構築された魔導AIが、なぜあの一撃を『寸止め』したのか。
その判断の裏には、機械にはあり得ない『躊躇い』――すなわち『感情』が間違いなく介在していたはずだ。
(そのバグの正体を解剖し、数式として証明してやる)
ふと、演習場の扉が開き、白衣姿のリズと、彼女の背後に影のように付き従うシアンが姿を現した。
ユリウスは魔眼の出力をスッと落とし、ゆっくりと振り返る。
「おはよう、ユリウス!」
リズの屈託のない、明るい声が演習場に木霊する。
「ああ。……遅いぞ、二人とも」
ユリウスは白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、シアンに向かって傲然と言い放った。
「義兄上、こいつの修復を手伝ってくれないか?
…ついでに、昨日使っていた『極彩色の魔力』を、こいつに付与してみてほしい。極上の研究対象になる」
純粋な知的好奇心を隠そうともしない提案。
しかし、シアンの反応は氷のように冷酷だった。
「……お断りします。他者の機体のメンテナンスや、魔力を分け与えるなど、非効率の極みです」
一切の感情を排した、純粋な拒絶。
だが、ユリウスは全く動じなかった。
むしろ、この冷徹な機械が『どうすれば論理破綻を起こすか』を、すでに昨日の時点で完璧に見抜いていたからだ。
「そう言うなよ、タダでとは言わん。俺の魔眼には、義姉上がアカデミーで引き起こした数々の『事件』の記録がある。
……その中でも特上の記録、『居眠り暴走事件』の閲覧権限をくれてやろうか」
その瞬間だった。
先程まで「非効率の極み」と冷え切っていたシアンの視覚センサーに、劇的な青い演算の光が走った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【シアン内部・AI推論プロセス】
[Task_Interrupt] 他者の機体修復タスク(優先度:最低)を一時中断。
[Input_Data] 未定義の妻の過去データ『居眠り暴走事件』。
[Analysis] 私の知らない彼女の姿。……許容し難い情報の空白。
[Action_Update] 当該データの取得優先度を『SSS(至上命題)』へ強制書き換え(オーバーライド)実行。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……その記録の解像度と、音声データの有無は」
「ちょっと待ってシアン!? 今コンマ一秒で食いついたよね!?」
慌てて抗議の声を上げるリズを、シアンは極めて真剣な、しかしどこか早口な声で鮮やかに制した。
「誤解です、リズ。過去の行動パターンや魔力暴走のケーススタディをディープラーニングすることは、今後の防衛予測において極めて『合理的』です」
「嘘だ! 絶対ただ見たいだけだ!」
真っ赤になって抗議する妻に対し、シアンは「妻の安全」という無敵の大義名分を掲げたまま、一歩も引く気配を見せない。
その様子を傍観しながら、ユリウスは腹の底で笑いを噛み殺していた。
(素晴らしい。完璧な魔導AIが、たった一人の女の過去データに釣られて理性を焼き切っている。やはり、こいつのバグの引き金は、完全にリズだ…)
やがて、呆れ果てたリズが「も〜っ、勝手にして!」と捨て台詞を吐くと、シアンはそれをシステムへの『正式な承認(Approve)』として都合よく認識し、深く頷いた。
そして、優雅にユリウスの正面へと歩み寄った。
「助かるよ、義兄上」
「修復を手伝い、極彩色の魔力を付与する代わりに、もう一つ条件があります」
シアンは冷ややかな瞳でユリウスを射抜いた。
「この機体の深層に、私から『隠しコード』を実装させなさい。
条件は、この機体が未来永劫、リズに対して牙を剥かないこと」
シアンはリズの方にわずかに視線を向ける。
彼女は『アサシン・ギア』の姿を観察するのに夢中だ。
「……そして万が一、この機体が私のように『感情』を獲得したとしても、その対象がリズに向くことは絶対にないこと。
……リズに対して『完全な無関心』を貫くよう強固な防壁をかけます」
ユリウスは目を細めた。
それは一見すると論理的な防衛策だが、他者の最高傑作の深層システムを強制的に書き換えるという、極めて傲慢で偏執的なエゴである。
そして、その提案を当のリズは聞いていない様子だった。
「……ふっ、まあいいだろう。手段は任せる。内容を開示してくれるのならな」
ユリウスが了承すると、シアンは白衣を翻し、『アサシン・ギア』の正面へと移動する。そして、緻密な術式の構築を始めた。
青白い魔法陣が展開される中、ユリウスは何気ないふりをして、機体を観察しているリズに問いかけた。
「なあ、リズ。あいつが今のような『リズ至上主義』になったのって、いつ頃からなんだ? 着任した最初からか?」
「うーん、最初は違ったと思う。私が徹夜しようとすると『非効率の極みです』って冷たい顔で一刀両断されてたし」
「ほう?」
「でも……私が寝落ちするといつの間にか最高級の毛布が掛かってたり、ニンジンを残すと無理やり食べさせて来たり。……行動はずっと過保護だったかも?
アズライト・リリーのためって言いながら、世話を焼いてくれてた気がするよ」
その証言に、ユリウスの魔眼が鋭く細められた。
(なるほど。言葉では論理を装いながら、行動を司るプロトコルは初期からバグっていたということか。ならば、その引き金は何だ……?)
「――終わりました」
不意に、シアンの滑らかな声が響いた。
「私の深層に秘匿している魔力――昨日、貴方の機体をショートさせた極彩色のエネルギーを、ごく僅かに流し込みました」
その言葉に、ユリウスは魔眼の出力を最大まで引き上げた。
常人には視えない、致死量の猛毒にも等しい極彩色の魔力の残滓が、機体の奥底に確かに定着している。
強固な隠しコードと共に、得体の知れないエネルギーが『アサシン・ギア』の『命』として脈打っていた。
「素晴らしい……。感謝するよ」
ユリウスは笑みを浮かべ、己の最高傑作を見つめた。
この魔力を徹底的に解剖すれば、魔導AIが感情を獲得する数式が完成する。彼はそう確信していた。
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