第16話 運命の性能評価
青白い光に満たされた第7研究室の地下演習場。
外部からの干渉を完全に遮断する隔離結界の中で、ユリウスは自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「――解放。やれ、『アサシン・ギア』」
ユリウスの号令とともに、漆黒の重装甲に身を包んだ魔導人形が動き出した。
分厚いヘルメットに覆われ、その奥の表情は読み取れない。
次の瞬間、その巨体がブレたかと思うと、空中に何十もの分身が展開された。ユリウスが他国で極めた魔導迷彩技術の最高峰だ。
魔導人形は凶悪な魔獣や、様々な姿へと乱数変化を繰り返し、シアンの視覚と演算を狂わせようとする。
さらに、その背後から音もなく展開されたのは、四本の『ステルス魔導アーム(見えない腕)』。
ユリウスの最高傑作は、空間の死角から見えない腕による致命の一撃を放った。
「さあ義兄上、この見えない攻撃をどう防ぐ!」
ユリウスの右目――不可視の魔力波長すら視覚化する特異体質『魔眼』が、鋭い光を放つ。
完璧な魔導迷彩と、死角からの不可視の刃。ユリウスの魔眼には、シアンの背後へ迫る四本の見えない刃がはっきりと映っていた。
だが、当のシアンは白衣のポケットに手を入れたまま、涼しい顔で一歩も動かない。
「……なるほど。私と同じ設計思想に加えて、優れた迷彩と見えない腕。義弟殿の魔眼の恩恵ですね」
シアンが顔を伏せた瞬間、彼の背後に展開されたのは、四本などという生ぬるい数ではなかった。
数十本に及ぶ、極めて高密度に圧縮されたシアン自身の『ステルス魔導アーム』だった。
ユリウスの魔眼が、その圧倒的な暴力の数と質量を捉え、驚愕に見開かれる。
シアンの見えない腕は、迫り来る四本の刃を絡め取り、あっさりと粉砕してしまった。
同時に、シアンの足元から青白い幾何学模様の魔法陣が展開される。
「小手先の幻術など、本物の絶望の前には無意味です。――展開」
抑揚のない詠唱が響いた瞬間、シアンの機体の奥底に秘匿されていた『魔力流星群』の残滓が解放された。
この平和な時代において存在するはずのない、星を滅ぼす程の致死量のエネルギーが、無数の光の雨となって仮想空間の天井から降り注ぐ。
それは純粋な『概念の上書き』だった。
極彩色の光の雨は、触れた空間の魔力波長を強制的に塗り替えていく。
ユリウスの魔導人形が展開していた迷彩と分身、そして重装甲すらも瞬く間に消失していった。
同時に、魔導人形の真の姿が露呈する。
父親の極秘設計図をルーツとしながらも、ユリウス独自の解釈と美意識によって再構築された本体。
容姿はシアンとよく似ているものの、より冷酷な表情を備えた、銀髪の青年の姿をしていた。
黒い軽鎧を纏ったその胸部――動力コアを的確に狙い澄まし、光の刃がシアンの指先から迸る。
ユリウスは為す術もなく、自身の最高傑作が破壊される未来を直視し、思わず唇を噛み締める。
――だが、その刃がその本体に触れる直前のコンマ数秒の隙間で、シアンの内部システムは一つの「致命的なエラー」を検知していた。
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【シアン内部・AI推論プロセス】
[Action] 義弟の最高傑作、完全破壊まで残り0.02秒。
[Warning] 待て。これを完全に破壊した場合、義弟がひどく落胆し、心優しいリズが彼を慰める確率が82%と予測される。
[Cyan_Ego] ――許容できない。妻の意識が私以外の男に向くノイズは排除する。
[Action_Update] 寸止めによる機能停止(無傷での制圧)に切り替えます。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
直前まで殺意に満ちていた光の刃は、表面わずか一センチの距離でピタリと静止した。
激しい火花だけを散らし、魔導人形のシステムを強制的にショートさせて機能停止へと追い込む。
魔導人形は静かに膝をつき、完全に停止した。
寸止めによる、完璧なるチェックメイト。
演習場は、再び静寂に包まれた。
ユリウスは目を見開き、膝をついた自身の最高傑作と、一切の乱れなく佇むシアンを交互に見つめた。
十二年もの歳月を懸けた自負が、いとも簡単に粉砕された。
ユリウスのプライドはへし折られたはずだったが、彼の胸の奥で燃え上がっていたのは、絶望ではなく、どす黒いほどの知的好奇心だった。
あの瞬間の寸止め。機械にはあり得ない『躊躇い』あるいは『別の目的』の介在。
完璧なシステムの中に巣食う、極めて人間臭いバグの存在を、ユリウスの魔眼と頭脳は確かに感じ取っていた。
「……見事だ」
ユリウスは深く息を吐き出すと、機能停止した魔導人形を空間収納へと引っ込めた。
そして白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、ゆっくりとシアンへ歩み寄る。
「完敗だよ、義兄上。……俺のことはユリウスと呼ぶがいい。堅苦しいのは落ち着かないからな」
それは、彼がシアンを『超えるべき壁』として、そして『対等の存在』として認めた瞬間だった。
ユリウスは不敵な笑みを浮かべ、シアンの顔を覗き込むようにして囁いた。
「魔導AIの感情獲得。……実に興味深い。なあ、お前のそのバグだらけの内部構造を見せてくれないか?是非とも解剖させてほしい」
「お断りします。私は妻との平穏な生活を優先するようプログラムされていますので」
即座に冷徹な拒絶を返すシアン。だが、ユリウスは悪魔のような笑みを深めた。
「そう冷たいことを言うな。対価は払うぞ。例えば……義姉上の、アカデミー時代の知られざる赤裸々な過去のデータなど、どうだ?」
その言葉が響いた瞬間、観覧席の防護ガラスの向こうから悲鳴が轟いた。
『ちょっと!!?ユリウス、それは絶対にダメ!あの頃の黒歴史だけは――ッ!』
リズの必死の懇願が地下空間に木霊する。
シアンは目を伏せ、極めて紳士的な、しかしどこか人間臭い葛藤を滲ませた声で口を開いた。
「……ユリウス。私は夫として、リズの嫌がることは断じてしません」
凛とした声でそう宣言したシアンだったが。
その直後、彼の喉が「ゴクリ」と、極めて大きな音を立てて鳴ったのを、ユリウスの耳は確かに聞き逃さなかった。
(……面白い。こいつの最大の弱点は、間違いなくリズだ)
ユリウスは満足げに口角を上げ、その場を後にした。
それは、第7研究室に新たな波乱と、騒がしくもあり愉快な日常をもたらす、新たな研究生活の幕開けであった。
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