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第15話 天才達の情報戦

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「私が開発した最新鋭の護衛用魔導AIと、模擬戦を行ってもらおうか。義姉上を守るに足る存在か、この私が見極めてやろう」



第7研究室に、ユリウスの挑戦的な声が響き渡った。



つい先ほどまで、シアンの無機質な内部システムは「妻が十年経っても老いていない」という強大なバグに直面し、盛大にフリーズしていたはずだった。


だが、「守る」という言葉が彼の引きトリガーとなった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【シアン内部・AI推論プロセス】


[Task_Interrupt] 対象リズの不老バグに関する解析をバックグラウンド処理へ一時退避。


[Trigger_Word] 「義姉上を守る」を受信。


[Action] 対人防衛OSを最優先でアクティブ化。目前の脅威(義弟)への情報戦を開始します。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



純銀の睫毛が揺れ、シアンは瞬時に「完璧な人間の学者」の顔を取り戻した。



「……見極める、ですか」



シアンは優雅に白衣の裾を翻すと、ひどく温和な微笑を浮かべる。



「義弟殿、買い被りはおやめください。私はただのしがない魔導学者ですよ。最新鋭の魔導AIと模擬戦など、脆弱な人間の身である私には到底不可能だ…どうか、矛を収めては頂けないでしょうか」



極めて自然で論理的な辞退。


だが、ユリウスは白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、鼻で笑った。


彼の右目――不可視の魔力波長すら捉える特異体質『魔眼』が、鋭い緑の光を放っている。



「白々しい真似はよせ…。私の魔眼を誤魔化せると思うなよ」



ユリウスは一歩、シアンへと距離を詰めた。



「お前が纏っている分厚い魔力隠蔽機構。常人には無害な人間にしか感じられないだろうが、私の目には、その奥底で渦巻く致死量のエネルギーがはっきりと視えている。……それに何よりだが」



ユリウスは、シアンの息を呑むほどに整った顔を指差した。



「昔、私が父の隠し金庫で見た『理想のスパイ用魔導人形』の極秘設計図。お前はそれと寸分違わぬ姿をしている。


よって、いかに巧妙に人間のふりをしようと無駄だ。お前の正体は魔導AIだろう!」



勝利を確信した天才研究者の、鋭利な追及。


室内に静寂が落ちる。シアンの背後では、リズが「あーあ、バレちゃった」とでも言いたげな表情をしている。



その数秒後。


シアンの口元から、温和な「人間の学者」としての笑みがふっと消え去った。



「……なるほど。義弟殿の観察眼は評価に値します」



シアンの声からは人間らしい抑揚が抜け落ち、ひどく冷徹な響きへと変貌した。



「ええ、仰る通りです。私はグライア理事長の設計図をベースに構築された魔導AIです。


……私が人間を名乗って戸籍を偽造し、グライア家に潜り込んだ違法な存在――貴方はそう推論し、私の足元を見ているつもりなのでしょうが」


「当然だろう」



ユリウスの口元は余裕の笑みを崩さないが、目は笑っていない。



「いかに父上が最高権力者であろうと、魔導AIを人間として公的に登録するなど不可能だ。文書偽造は国家に対する重罪だぞ。国の上層部に露見すれば、そこの呑気な義姉上にまで責任が及ぶ」



ユリウスは背後のリズを一瞥し、再びシアンを鋭く睨み据えた。



「お前が本当に彼女を守り抜くと言うのなら、その致命的な脆弱性をどう説明する? 


いつ破綻するかも分からない偽りの戸籍で彼女の隣に立つことなど、身勝手なエゴに過ぎない」



非の打ち所のない論理的な追及。


しかし、シアンは微塵も動じることなく、むしろユリウスの考えの浅さを哀れむような視線を向けた。



「ええ。その懸念は極めて論理的ですね。かつての私も『書類など人間の男として偽造すればいい』と提案しましたから」


「……何?」


「ですが、グライア理事長に一蹴されました。『そんな三流の策で、彼女の未来の安全を担保できると思うな』とね」



ユリウスの背筋に、得体の知れない緊張が走る。


シアンが指先をわずかに振るうと、虚空に青白いホログラムパネルが展開された。


そこに映し出されたのは、国家の最高機密暗号によって厳重に保護された、公的な戸籍データの写しであった。


ユリウスの卓越した魔眼が、それが偽造不可能な本物の公文書であることを瞬時に見抜く。



 ――氏名:シアン・グライア。

 ――種別:『魔導AI』。




「な……っ!?」



ユリウスの喉から、声にならない驚愕が漏れた。



「あり得ない……!国が、魔導AIの戸籍を公式に承認しただと……!?一体どんな手を使った!?」


「理事長は、奇跡の植物『アズライト・リリー』がもたらす莫大な利権を盾にしました。さらに、彼がいずれ国家を完全掌握するために用いるはずだった『キラーカード(致命的弱み)』を、惜しげもなく私に託したのです」



シアンは涼しい顔で、恐るべき国家の裏面史を淡々と語る。



「『この特等席で、お前たちの行く末を見るためのチケット代だ』と笑って。


……私はそのキラーカードと自身の演算能力を用い、国家中枢の論理をねじ伏せ、超特例法を制定させました。これは、完全なる『合法』です」



戦慄が、ユリウスの全身を駆け巡った。



あの野心家の父が、悲願であったはずの国家掌握の切り札を、たった一組の夫婦の結婚を成立させるためにあっさりと切った。


そして目の前の魔導AIは、国家元首すら手玉に取り、法そのものを創り変えてみせたのだ。



「ただし」



沈黙するユリウスに対し、シアンはホログラムを消去しながら言葉を継いだ。



「魔導AIと人間の婚姻が公になれば、社会的なパニックを引き起こしかねない。


それを恐れた国の上層部から、『やむを得ない場合を除き、表向きは絶対に人間の魔導学者を名乗れ』という指示が下されています。


私が人間を名乗っているのは、国からの要請に過ぎません」



その底知れぬ狂気と執念を前に、ユリウスは己の浅薄さを呪った。


だが同時に、胸の奥でどす黒い知的好奇心が燃え上がるのを止められなかった。



「……わかった」



ユリウスは深く息を吐き、白衣のポケットから彼自身が組み上げた最新鋭の魔導AIコア・デバイスを取り出した。



「義兄上が書類上も実態も、法を超越したバケモノであることは認めよう。だが、魔導AIの真価は政治力ではない。その機体性能スペックだ」



 不敵な笑みを浮かべ、ユリウスは再びシアンを睨み据える。



「さあ、案内してもらおうか。第7研究室の地下演習場へ。


……私の最高傑作が、義兄上のその余裕をどこまで削り取れるか、見せてもらおうじゃないか」


「……よろしい」



 シアンは優雅に一礼し、冷ややかな瞳の奥に青い演算の光を走らせた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【シアン内部・AI推論プロセス】


[Analysis] 義弟の最高傑作がスクラップ(完全破壊)になる確率:99.9%


[Action] 仮想演習空間の構築準備。対象の知的好奇心を物理的に制圧します。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「手加減は計算式に組み込まれていませんが――それでも挑むというのなら、お相手致しましょう」



かくして、論理と愛の狂気が交錯する辺境の研究室で、二つの最高峰の魔導AIによる、常軌を逸した性能評価(模擬戦)の幕が切って落とされることとなった。







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