⑥マリアンヌの魔女裁判 1899年12月24日 夜9時半
ビル「さて、ここまでが、あんたが裁判で繰り返し述べたことじゃ。・・・しかし、検視では人狼の仕業と出た・・・それで結局、迷宮入りじゃが・・・殊更に新聞で大きく取り沙汰されたのは、あんたが明らかに人狼をかばっていたからじゃ。」
ショーンは、こめかみをピクリとさせた。フランクだけが、冷静にマリアを見つめている。
ビルは調子に乗ってさらに葡萄酒を流し込み、続けた。
ビル「あんたは、黒魔術で人狼を操り、男達にけしかけた罰として、火あぶりにされるところだった・・・さんざん男達に搾取されてきたあんたが、オペラ館から逃げ出したいと思うのも無理はなかろうて。」
マリアンヌのナイフに触れる指先が白くなる。
ビル「しかし、これまたぼんくらな田舎者の裁判官は、なんと、あんたを無罪にした・・・驚くべきことに、あんたは、あの満月の晩、『オペラ館に居なかった』という判決が下された。あんたは一体どうやって、司法の犬どもを誑し込んだんじゃ?」
陰鬱な顔で葡萄酒を注いで回る執事の目が、怪しく光る。
一同の好奇の視線は、マリアンヌに集中した。
マリアンヌ「・・・そうね、アタシはあの時、『オペラ館には居なかった』・・・オペラ館へ向かう途中で狼に襲われ、アタシは街へと逃げて、他の男達とはぐれてしまった・・・。アタシは必至で走ったんだわ・・・きっとね!」
ビル「あんたは、判決文を暗唱するだけのつまらん女かね。」
マリア「・・・うふふ、裁判は、間違いなく公正に行われたわ。そしてアタシは無罪。」
マリアンヌはゆっくりと唇の端を上げる。
ビル「あんたは、黒魔術で人狼を操ったんだろう?」
マリア「魔女に操られる人狼なんて、興醒めだわ。あなたもそう思いませんこと?」
ビル「あんたは魔女ではないと言うのかね?」
マリア「アタシは正真正銘、踊り子のマリアンヌよ。魔女ですって?そんなもの、舞台にだって立てやしないわ。」
ここまで静かに聞いていた心霊研究家のニックは、ナプキンで口を拭き、やれやれという顔で話に入った。
ニック「これは僕の仮説だがね、このお嬢さんは、どうやら口が堅い。」
ニックの黄金色の目が、マリアンヌの漆黒の瞳を捉える。
ニック「満月の夜に人狼が現れた?・・・違うな、人狼は元々一座に紛れ込んでいた・・・そいつは君の恋人だった男だ。そして、夜の闇に君を誘い出した・・・しかし君は、男に尾行されていた。」
クリス「男連れの女は人狼に嫌われる。」
ニック「君が一人じゃないと感づいた人狼は、正体を見せた。君は襲われる寸前で、うまいこと逃げおおせたが、満月の夜は無口になってししまった・・・」
フランク「マリア、君は騙されただけだ。」
ショーン「彼奴等の甘い嘘に騙される女は、腐るほどいる。」
クリス「ああ、しかし生き延びた女は稀だ・・・魔女でないのなら、何なんだ?」
クリスは、マリアンヌの顔をまじまじと眺めて意味ありげに笑った。
マリアンヌはクリスの視線を感じながら、グラスの脚を指でなぞっている。
ふいに顔を上げて、
「あらあたし、昔付き合っていた男のことなんて、なあーんにも覚えちゃいないわ!」
これを聞いてフランクが笑い出し、それに釣られて食卓にいたほとんど皆が笑った。
「あたしは男の夢で出来ているんだから、過去なんかいくらでも想像で作り上げて楽しんでちょうだい。美しい夢だってたまには、悪夢になるものだわ。」
マリアンヌは、ワインを飲み干した。




