③呪われた館、1899年12月24日 夜8時
やがて夜の8時を告げる時計の鐘が鳴った。時刻きっかりに、扉を規則正しくノックする音が響く。
執事が扉を開けると、ひょろ長い男性が、赤い羽根付帽子のつばに手を当てて丁寧に挨拶した。
フランク「やあ、こんばんは。ここの主人に雇われた小説家のフランクです。今夜の出来事を、ひとつ残さず小説にしろと言われて来ました。」
執事「秘密の合言葉をお願いします。」
フランクは快活に笑って答えた。
フランク「やだなあ、人が悪いですよ。合言葉じゃあなくって、この手紙を見せるんでしょう。ほら、あんたの主人の字だ。『貴殿に人狼の言葉は発音できんから、この手紙を見せるが良い』とね。まったく、おたくの主人が人狼と出会ったら、話が止まらんことでしょうね。」
マリアンヌ「あら、人狼の言葉を話す人間は、ただの人間よ。人間の言葉を話すのが人狼なの。これって、矛盾しているようで、ちゃあんと成り立っちまうんだから、嫌になっちまうわね。」
フランクは、愛想よく笑いながら、マリアンヌの柔らかい黒髪と、上気した頬の笑みを捉えた。
フランク「これは麗しい女性がいらっしゃる。しかもとびきりの美人だ。僕は小説家のフランク。お目にかかれて光栄です。」
マリアンヌ「マリアと呼んで、フランク。あなた、とても感じの良い方ね。」
マリアも屈託なく微笑む。フランクは眩しそうに目を細め、うやうやしく右手を左胸に置いた。
フランク「美しいマリア、あなたの心地良いフランス訛りが、芸術家だった僕の母を思い出させます。どうかあなたに、親しみと懐かしさを感じてしまうことをお許しください。」
マリア「まあ、その素晴らしい審美眼はフランス人のお母様譲りなのね。だとするとその観察眼はお父様譲りかしら。」
フランク「父は厳格なイギリスの軍人でした・・・しかし僕は、ビルに雇われたしがない小説家に過ぎません。どうか、哀れに思ってください。あなたはまるで美しい幻、すでに僕の心はあなたのものだ。」
マリア「小説家って、心の中を正直に伝えるのがとっても上手なのね。」
二人の笑い声が大広間に響く。さっきから剥製の様に押し黙っていた執事が、不機嫌そうに声を発した。
執事「お館様は今、先にいらっしゃったお客様の対応をなさっております。これ、サンドラ、お館様に、皆様お揃いだと伝えて来なさい。」
サンドラ「はい、かしこまりました。」
サンドラと呼ばれたメイドは、幽霊のように生気無く返事して、足音も立てずに去った。




