⑩聖地アヴァロンの狩人 1879年5月
アヴァロンは百年、人狼の犠牲者を出していない聖地だった。
この十年は襲撃すらない。
こんな安寧の土地になぜ突然、人狼が・・・
誰もが疑心暗鬼になって一睡もできない。
それでも夜明けは近い。
もうすぐ太陽が月光を隠し、人狼の力は消える。
――誰もがそう信じかけた、その時。
正面の扉が開き、領主に化けた人狼が、堂々と入ってきて、フレディの父の死を告げた。
女たちは人狼の言葉を信じ、崩れ落ちた。すすり泣く声が響く。
フレディの母だけが静かに、領主を睨んでいる。
大きく息を吸い込み、特別仕立ての結婚指輪を口に当てて、強く吹く。
甲高い、耳を裂くような音。
絶望した女たちですらその余りの不快音に、一瞬、分別を取り戻した。
同時にそれは、人狼への挑戦だった。
――狩人はここにいる。
笛の音を聞いた“領主”の顔が醜く歪む。皮膚が裂け、骨格が膨れ上がる。
伝承より巨大な体躯。満月の光を受けて白く輝く獣毛。
通常の人狼なら、この魔除けだらけの舞踏場に変身したまま入るなど不可能だ。
まして、狩人の笛から逃げないなど。
――これは、人狼の王だ。
狩人はエンフィールド銃を構え、じりじりと、人狼王をシャンデリアの真下へ誘導する。
二発の銃弾が、吊り金具に命中。
だが、シャンデリアはわずかに傾いただけだった。
賭けは失敗。
人狼王はこの銃では殺せない。
狩人は目的を変えた。
揺れる銀の下で、彼女は冷静に狙いを定める。
大狼の利き足へ、一弾命中。
「フレディ! 女たちを連れて逃げなさい!」
だが、誰も動けなかった。




