05 互いの呼び名
この提案はなかなかの好感を得た。それもそうだと、みんなが僕の意見に耳を傾け、うなずき合ってくれたのだ。
僕はうれしくなった。自分が誇らしくなった。
だって、みんなの役に立つことを言えたんだもの。
安心感に包まれた僕は、傲慢だと悟られぬようひっそり息をついた。互いの呼び名を決める……このすばらしいアイデアをほかでもない僕自身の口から真っ先に吐き出せた幸運に、感謝するのであった。
「いや、それには及ばない」
ところが、酔いしれる時間は案外短く終わりを告げた。うち一人に「名など不要だ」と、すっぱり否定されてしまったのだ。
言ったのは、四番目だった。
四番目は階段の上りかけ、やや高め位置から僕ら(二番目を除く)を見下ろして、こう論じたのだ。彼らしく、やっぱり感情の色を見せない冷たい物言いで。
「エリシアが言っていたことを思い出せ。力だけが与えられるのではなく、継承者は『新たなオーマ』として、その名を冠することになると。
ならば、この身に刻むのはただ一つ、『オーマ』という名のみ。それ以外の名付けに……意味も、価値すらもない……」
それもそうだと、今度は四番目の意見にみんなが頭を縦に振る番であった。
うなずくふりをして、僕は頭をうつむかせる。
……四番目の意見が正しい。
僕たちはオーマさまの力だけではなく、その名前も頂くことになるのだ。恐れ多い気持ち半分、偉大なるものと一つになれる歓びから……本能が、打ち震えているのがわかる。
これ以上の栄誉はないだろう。
……でも、残念だな。
せっかく僕のアイデアが通りかかっていたのに。
オーマさまの名を出されちゃ、みんなの気持ちが傾くのは仕方がないとして、納得はできるものの……僕の心はしょんぼり落ちこんだ。
「なるほど、たしかにおまえの意見は最もだ」
同意したのは、一番目の声だった。吹き抜けのなかをよく響く声量で、彼は続ける。
「我らはオーマさまを継ぐ者。それ以上でも、それ以下でもない」
「…………」
「──だがしかし、こいつの意見にも一理あると俺は思う」
言われて、僕はハッと顔を上げた。
一番目の立てた親指が、僕の顔のほうへと向けられていた。
一瞬、一番目がこっちを見て片目をつむった。それから彼はおもむろに前へ出て、全員を見渡してから話を再開させた。
「これから我々に待っているのは、ずばり共同生活だ。となると、やはり七番目の言うとおり、お互いを呼び合う『名前』のようなものがないと不自由だろうなぁ。
……まぁ待て、四番目。そう眉を寄せずに俺の案を聞いてくれないか。
要するに、立派な名付けじゃなくていい。あくまでも仮の……そう、俺たちの間だけで通じる、シンプルな呼称を決めようじゃないか」
一番目の説得に、四番目はなにも言い返さなかった。ただ『好きにしろ』と、冷めた表情とわずかにこぼれた吐息が物語っていた。
「それでは、我々は互いになんと呼び合えばいいのですかな?」
代わりに、疑問が天より落ちてくる。
二番目だ。彼は一人、四番目に抜かされまいと階段を上っていったのである。すでに段を上りきり、上階の手すりから覗きこむようにこちらを見ていた。
二番目の問いに、よくぞ訊いてくれたとばかりに一番目はニカッと笑う。
「案ずるな、みなの名はいま俺が決めた」
「はぁ!?」
唐突な発言に、全員が声をそろえたのも無理はない。一番目は気にも留めず、自身の胸に拳を当てると「じゃあ、俺からいくぞ!」と声を張り上げた。
「まずは俺! このなかで真っ先に眠りから覚めた。よって、仮の名を『イチバン』とする!」
一番目もとい、イチバンはそう高らかに宣言した。
「さ、最初に起きたから……」
「……イチバン……」
誰もが渋い顔をした。たしかに仮の名前らしい、シンプルな呼称ではあるが……これではただの番号だ。
イチバンは止まらない。
顎を高く上げると、今度はビシリと指を突きつける。
「で、次に目覚めたおまえが『ニバン』なっ!」
「私が、ニバンですか……」
指差しされた二番目──ニバンは、この一方的な名付けに頬を引きつらせた。遠目でもわかるくらい、センスゼロの呼称にわなわなと肩を震わせている。
こんな調子で、イチバンは順々に僕らの顔を指差しては強引に名前を与えていった。
天真爛漫のサンバン。
寡黙なヨンバン。
皮肉屋のゴバン。
大人しいロクバン。
そして──。
「そして最後。おまえの呼び名は『ナナバン』だ! どうだ、悪くない響きだろう?」
「ナ、ナナバン……」
鼻先に指を突きつけられて、僕は晴れてナナバンとなった。
「よしっ、仮の名前が決まったところで、みんな! これからよろしくなっ、ハハハハッ!」
イチバンだけがひとり満足して、豪快に笑い出す。しかし、やはり不服に思う者もいるようで、彼のまわりにサンバン、ゴバンが詰め寄った。
「ずるーい! 自分だけがイチバンって、イイとこ取りしちゃって! アタシもイチバンがよかったぁ、ねぇ取っ替えてよー!」
「そうだぞ! ゴバンってなんだよ、ボードゲームの台みてぇな名前つけやがって! 自分が早く目覚めたからってテメェ、調子に乗ってんじゃねーぞッ! だったらオレがイチバンを名乗ってやるぅ!」
やいのやいのと文句をぶつける二人に、上階からニバンもすっ飛ぶように下りてきて加わった。
騒ぐ彼らを、僕は眺めることしかできない。ヨンバンに至っては身をひるがえして「騒がしいのは敵わぬ」と、勝手にその場から離れていってしまった。
僕はどうしようかと悩んでいると、不意にローブの袖を引っ張られる。
いつの間にか、隣にロクバンがいた。はにかんだ微笑で、僕を見つめてこう言う。
「よろしくね、ナナバン」
「えっ。う、うん、よろしく……」
向けられた笑顔が照れくさくって、もごもごと僕はどもるように言葉を返した。
「えっと……ロ、ロクバン……」
この名前も、悪い気はしなかった。
かくして、イチバン、ニバン、サンバン、ヨバン、ゴバン、ロクバン──この僕、ナナバンの呼び名が決まった。
ちなみに、オウムの名はサンバンの案で『ピースケ』となった。
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