02 謎の白き少女
とても小柄で、細身の子どもであった。
可憐な見目をしているが、どうしてかまとう雰囲気そのものは、どことなく年季の入った貫禄を感じさせる。
しかし、じっさいに寝ている僕のまわりに集った六人を、たったひと声で退かせたのだ。思うに、彼らのまとめ役にちがいなかった。
「ふぅむ、どうじゃなチミ。起き上がれるかな?」
可愛らしい声なのに、ずいぶんと古めかしい口調を使うものだ。その紅のまん丸い瞳に正面から射抜かれ、僕は「は、はい……」とどもりながらも、すっと上半身だけを起こした。
動けないわけではなかった。たださっきは六つの頭が塞ぐように見下ろしていたから、起きるに起きれなかっただけである。
上半身を起こした僕に、白髪の少女は「どれ……」と小さな手を伸ばす。優しい手つきで、僕の顔に触れた。下まぶたを順々に引っ張り、お次は口を開けろと命じてくる。
素直に従って口を開ければ、少女は僕の口内を覗き見てきた。その合間に、僕は彼女を間近で観察してみることにした。
真っ先に目を引いたのは、少女の長い髪だ。
膝元まで伸ばし、一本の尾のように三つ編みで丁寧に束ねられている。
美しい白髪だった。老いた毛にはない、上質な糸に似た艶やかさがあった。光の差し加減よって時折虹色にきらめくさまに、僕はつい目を細めて見入ってしまった。
「ドクンッ、ドクッドク……鼓動のほうも、問題なく動いとるようじゃなぁ」
華奢な体を乗り出して、白髪の少女は身をうずめるように僕の胸へ自身の耳を押し当てた。
体格の差に、ドキリとしてしまった。
もう一つわかったことだが──彼女もたしかに小柄であるけど、一方で起き上がった僕自身も相当長身な体つきをしているようであった。
やはり姿見がほしいか。
そう思ったところで、またしても十二の視線を感じた。
白髪の少女の邪魔をしないようにと、彼らは離れた位置で横並びになっていた。
顔もおなじであれば、背格好も均一だ。長身で、肉付きは普通。服装も一緒で、足首まで隠した長い白色のローブを全員身にまとっている。
僕も自身の体を見やる。袖を握り、腕をひねって服の生地と色を確かめる……うん、彼らと同様のローブを着用しているようだ。わずかに視界の端で揺れた、地毛の青色も確認できた。
僕もあそこに並んでみたら。
きっと、彼らと遜色なく映るのだろうな。
ちがうのは、浮かべている表情くらいか。
堂々、冷静、にこやか、沈黙、皮肉げ、おどおど……なかの性格が顕著に表れていた。
「よしよし、健康状態には問題ないようじゃな。それでは、みなの衆──」
白髪の少女は身を起こすと、六人のほうへ振り返って声を張り上げた。
「長らく待たせてしまったが、満を持して七人目の目覚めを無事に迎えることができた! いよいよ──事をはじめさせてもらおうかのう!」
はじめる?
いったい、なにがはじめるというのか。
ひとり目を丸くする僕をよそに、ほかの六人は待ってましたとばかりに手を叩く。こっちは話にまるでついていけてないのに、少女ときたらおかまいなしに続けた。
「この場所にはもう用はない。のちに閉鎖するとして、これより新たな居住階へ君たちを案内しよう!
さぁさぁ、このワシについてまいれっ!」
言うなり、彼女はぴょんと僕が横になっていた寝台から下りて、傍らに置いていた杖を引っつかむ。すたこらさっさと一同の先陣を切りはじめて、隣の部屋らしきに移動した。
そのあとを、六人が追いかけていく。
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てて、僕も寝台から下りた。
目覚めたばかりのたどたどしい足取りで、なんとか彼らに追いつこうとする。そんな僕のことを、先程とは変わって誰一人と気にかける様子がないのが、少し恨めしかった。
そんなに、待ち受けるものがすばらしいというのか……。
「……待っててば!」
「!」
やっとのことで、うち一人のローブの袖をつかみ、呼び止めることに成功した。驚いて振り向いてくれたのは、控えめな性格をした六番目の顔であった。
「ねぇ! これからなにがはじまるのさ! ──というより、まず君たちには訊きたいことが山ほどあるんだよっ!」
ここはどこで、あの人は誰?
自分たちはいったい何者なのか?
「僕、起きたばかりでぜんぜんわからないんだ! 頼むから教えてくれよ! あっ、あとそれから──」
「…………」
まくしたてても、相手はきょとんとするばかりだ。けれど「心配しないで」と、やがて六番目は僕をなだめるよう微笑んでくれた。
そして、こう続けた。
「わたしたちは、オーマさまを継ぐ者」
「……オーマ、さま?」
ああ、なぜだろう。
はじめて耳に通した名前のはずなのに。
僕の頭のなかで、その名はすっと溶けていった。
ぽつりと落ちた水滴が波紋を打ち、全身が震え出す。胸がしめつけられる……強烈な切なさとどうしようもない愛おしさに襲われ、僕は言葉を失った。
「あ……」
オーマさま。
僕はその名を知っている。
たしかに心覚えがある……いや、あったはずなのだ。
だのに、なぜかお顔もお姿も、心象に映すことができない。
「……思い出せない」
回顧など無意味であると、喉につかえた虚無感が……嘲笑ったような気がした。
混乱する僕の手を、六番目が両手で優しく包みこむ。「来て」と目配せし、かすかに手を引いて言った。
「大丈夫よ。いまからエリシアさまが、あなたにもすべてを教えてくださるわ。だから──」
遠くから「おーい、早く行くぞぉー」と、白髪の少女が杖を振って叫んでいる。一同はすでに部屋の奥にある、昇降機に乗りこんでいた。
「はぁい、ただいま」
と、礼儀正しく返事をする六番目を見るに、あの白き少女が『エリシアさま』に間違いないようだ。
手を引かれるままに僕は六番目につれていかれて、二人とも昇降機のなかに身を納めた。振り向きざまに、奥の──さっきまで眠っていた部屋の様子がうかがえた。
僕は目を見開かせた。
ずいぶんと異質な内装だったからだ。
横たわっていた寝台だと思っていたものは、ただの鉄の台座であった。鈍色の金属質で身を納めるためか、やや窪んでいる。
それが扇状に、七つ配置されていた。
そして気づかなかったが、床には無数の管がうねっていた。すべて七つの台座から伸びていて、管たちは台座の背面にある壁へと集約されているようであった。
その壁も、摩訶不思議な模様が刻まれていた。
「…………」
もっとよく観察したかった。
しかし、ゴゥン……と音を立てて動き出した昇降機により、これらの光景は一瞬のみ僕の目に納めることしか叶わなかった。
昇降機は上へ、上へと昇っていく。
はたして、僕を含めた七人と、一人の少女をどこへつれていこうというのか。
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