01 六つのおなじ顔
六つの顔。
それが、僕にとっての世界のはじまりであった。
「…………」
目覚めたばかりのまぶたを、しばたたかせてみる。
上にも下にも、右にも左にも……そして、斜め対にも顔が並んでいた。ぐるりと輪になって、取り囲むように真上からこちらの顔を一様に覗いている。
「おはよう、ねぼすけさん」
そう最初に口をきいたのは、上の位置にいた顔だった。その声は力がこもっていて、ハンッと強気に一笑してみせた。
ちなみに補足すると、どうやら僕は仰向けに──ベッドか、なにかの上に寝かされた状態にあるらしい。
「目覚めの気分はどうかな? 長い長い夢の旅路は、さぞかし楽しかったのだろうなぁ」
不敵な態度だが、どこか快活さもにじみ出ている。口とは真逆に、僕の覚醒を大いに歓迎している節を感じさせた。
……敵、ではないらしい。
「おやおや。最初にかけてあげる言葉がそれですか? 心待ちにしていたわりには、ずいぶんとつれないんですねぇ」
今度は、その隣がしゃべった。最初に口を開いた顔を、からかいまじりに諭している。
「いの一番に目覚めたあなたのことです。焦れる気持ちはよくわかりますよ……なにせ、二番目が私でしたから」
落ち着き払った声に、ユーモラスな笑いを忍ばせる。そっぽを向いた隣の──一番目の顔をいちべつしてから、改めてそいつはこっちへ視線を向けた。
「ああ、警戒することはありませんよ。七番目の君よ──」
七番目?
わずかに眉をひそめた僕に、二番目の顔はなにも言わずにゆっくりうなずいた。言葉に出さずとも、心は理解していると言いたげであった。
それから二番目はこう言った。
「──我々は、仲間なのですから」
「そーだよ! あたしたち、みんな仲間! 気の合うお友達同士みたいなものなんだからっ!」
突如、はつらつした声が割って入る。
温度差に、僕はびくっと震えてしまった。円の順番に沿ったさらなる右隣──三番目の顔であった。
周囲を押しのけるよう腕まで伸ばしてきて、三番目は寝ている僕の頬をつかむ。左右に広げるよう引っ張って、そいつは僕に笑いかけた。
まぶしい笑顔だった。裏表のない純真さがそこにあった。
「彼はまだ目覚めたばかりなのだ。そっとしておかないか」
またその隣、今度は四番目の顔が三番目を振る舞いを制する。
邪魔をされて、三番目はわかりやすく頬をふくらませて拗ねた。
一方、その顔とは対照的に、四番目の表情は終始固いままだ。眉間も、頬も、口元のまったく微動だにしない。制したときの声色も淡々としていたのが印象的だった。
僕と視線が交差するも、その瞳には生気すらうかがえない深い沈黙が宿っていた。
「しっかし、待ちくたびれたってもの事実だぜ?」
またしても一転して、静けさが砕け散った。
五番目だ。なんというガラの悪い声だろう。一番目に似た気質の明るさは感じるものの、ずいぶんと投げやりというか……荒々しい印象を受けた。
「こいつが一人で長ーく眠っていたせいで、オレたちははじめられるもんも、はじめられなかったんだ。一発ド突く権利くらいはあるだろう」
穏やかなじゃない言葉を吐く。
当然、その場にいる全員から咎めるような視線を浴びることとなる。五番目はすぐに「冗談だよ」と、持ち上げた手のひらを見せながら苦笑った。
「……まぁ、目覚めの早い遅いだので優位性が決められちまったら、たまったもんじゃねぇ。その点はオレも感謝する立場だし……なっ?」
そう言って、五番目が同意を求めるよう片目をつむったのは──円の終わりにいる、六番目の顔であった。
突然、話題を振られて驚いたのか「えっ」と、六番目は短い声を上げる。注目されるのが苦手らしい。頬を赤く染めて、六番目は肩をちぢこませるとうつむいてしまった。
「いえ、あの……わたしは……」
「…………」
「と、とにかく! みんながようやくそろったこと……それだけがっ、とてもうれしいと思う……!」
六人の会話が飛び交うなか、僕は依然として仰向けに横たわったままであった。この態勢でできることといえば、観察と、疑問を頭に浮かべることくらいか。
いったい、この連中は何者なんだろうか。
よぎった疑問に、ついでにつけ加える。
僕もまた、何者なのだろうか──と。
「…………」
目を閉じて、頭のなかにある記憶を探ろうとしてみる。
……ダメだ、思い出せない。
いや、その言い方は少しちがうような気がする。記憶を振り返れないというよりかは……なんだか、最初から『なにもない』という、妙な心の空白を感じた。
彼らと、彼らの会話を観察して、わかったことは二つある。
僕とこの六人は、ともに同類であること。
僕が最後に覚醒した『七番目の人物』であること、だ。
そして、これまた奇妙な話になるのだが──並ぶ六つの顔、そのすべてがおなじ顔のつくりをしていた。
顎の曲線はやわらかく、細長い顔の輪郭を描いている。鼻筋はまっすぐ控えめなふくらみで、同様に唇も薄く小さめであった。
ぱっちり開いた十二の瞳は、みな冴えた空色に輝いている。最初見たときは宝石かと見間違えたくらいだ。髪も似たような明るい青色で、クセがなく、顎下のラインできっちり切りそろえられていた。
六人がみなおなじということは……鏡を見なくてもわかる。おそらく僕自身も、彼らとそっくりな顔の造形をしているにちがいない。
徐々にはっきりしてきた意識の覚醒に合わせて、僕は少し喉を鳴らしてみた。ぽつぽつ湧いてきた疑問の数々──それらを彼らに問うてみようと、口が開きかかった。
そのときだった。
「さぁ、退いた退いた!」
と、また別の声が会話にまざってきた。
輪になっていた六人が、さっと身を引く。次に横たわる七番目こと僕の顔を覗いたのは、これまた違った造形の顔──やわらかな白髪の少女であった。
▼気に入ったエピソードには、ぜひ【リアクション】をお願いします。執筆の励みになります!




