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殺生


「ファイアーボール」


ニコの声がしたと思ったら、

目の前のゴブリンは炎に包まれ、

目の前に落ち、暴れている。


肉の焦げた臭い。

バタバタする緑色の生き物。

これが地獄というものではないか。


俺は討伐をしているのか、

殺戮をしているのか。

それとも戦争をしているのか。


頭が真っ白になる。


「ミックさん。槍でとどめを」


ニコが叫ぶ。


その声で、ふと我に返る。


俺は槍を持ち、

反応的に、

刺さった槍を回転させる。


そこに計算はなかった。

ただ腕が、

ただ神経が、

反応し、槍を回転させた。


(ぐじゅぶじゅびゅ)


かくかくと、

微妙にリズムを取る気持ち悪い感覚が、

指先に伝わる。


苦痛にもだえ、

ゴブリンは槍から手を離した。

ゴブリンは口から緑色の液体を吐き出し、

恨めしそうに俺を睨んだ。


槍をもう一度押し込み、

そして、

両手で引く。


ゴブリンは立ったまま、

息絶えた。


俺は槍で、

炎に包まれるゴブリンを突き刺した。


(ぐぎゃー)


炎の中を、

緑色の液体が流れる。


3度目の討伐、いや殺戮。

もうあまり感情は動かなかった。


俺は顔についた血をぬぐおうと、

ふと顔に触る。


気が付くと、

顔の表情が固まっていた。


無表情。

そうじゃない。

口角を上げる筋肉が、

上げるという行動を忘れたかのように、

動かない。


そうか。

これが命を取るということなのか。

そんな風に思った。


俺はコマを見る。

笑ってやがる。


俺はコマが怖くなった。


俺とコマはなぜ、

ここまで違うのか。


あいつが狂っていて、

俺が正常なのか。

それとも、

俺が狂っていて、

あいつが正常なのか。


ニコを見る。

いつもはオドオドしているのに、

表情がまったく違う。

イキイキとしてやがる。


俺はニコに嫉妬に似た感情を持った。

いや、

これは嫉妬なのか。

ある種の気持ち悪さなのか。

先ほどまで、

見下していた相手に救われたという情けなさ。

それと相手の計り方を見誤っていたという、

博徒としての失態。

そんな感情が入り混じっている。


いずれにせよ、

こいつらは狂気だ。

そう感じた。


こいつらとやっていけるのか。

そういう不安がよぎる。


アラはどこだ。

さっきから、まったく姿を見ない。

俺は槍を手に警戒しながら、

アラの姿を追う。


遠くで、

ゴブリンが倒れる音がする。


目を細める。

どうりで気が付かないわけだ。


遠くで、

アラは仕事をしていた。


アラには、

まったく気配というものがなかった。


姿を目で追う事はできる。

しかし、

動物特有の、

人間特有の気配がしない。


亡霊。


そんな言葉が似合っていた。


ゴブリンの背後にしのびより、

鋭利なナイフを、

すーっと喉元に沿わす。


苦しむ間もなく、

膝から崩れ落ちる。


一番後方から、

前方のゴブリンに気付かれず、

一体一体。

まるで、

書類にサインをするように、

淡々と喉元にナイフを沿わす。


ゴブリンが気づくことはない。


俺は、

その手際の良さに、

美しさを感じた。


鳶職の時代の事を思い出した。


若いうちは足場を運ぶのに、

筋肉を使う。

だからどんどんガタイが大きくなる。

しかし、

年齢を重ねるにつれ、

逆に筋肉は引き締まる。

加齢で細くなるのもあるが、

それほど筋肉が必要なくなるのだ。


テコの原理というのだろうか。

ちょうど良いバランスを取れれば、

必要最小限の筋肉で足る。


アラは熟練の鳶職のように、

動きに無駄がなかった。


うっそうとした森の中を、

つまずきもせず、

淡々とゴブリンに近づき、

片付ける。


俺はふーっと息を吐いた。


落ち着こう。

言い聞かせる。


槍を何度か動かし、

しならせる。


緊張して無駄が多かった。


俺はどう戦えば良い。

考える。


鳶の時、

何を考えていた。

思い出す。


あぁ終わったら、

スロットやりに行こ。


それだけだった。


「よし。ほとんど片付いたな」


コマの声がする。


俺は辺りを見渡す。

ゴブリンの死体があちらこちらに、

転がっていた。


俺は唾を飲みこむ。


「じゃあミック。一体ずつ、とどめを刺していけ」


コマは言った。


先ほどまでの表情とはうって変わって、

事務的な表情だった。


「なんで俺が」


俺は反抗を試みる。


「場慣れだよ。

ゴブリンを刺す感覚を感じながら、刺していけ」


コマは目を細める。


戦っている時のコマの顔を思い出す。


こいつはヤバいな。


そう思い、

従うことにする。


「みんな周りの警戒を怠るな」


コマは叫ぶ。


なんで、

こんな嫌な仕事……。


そう思いながら、

一体一体。

槍で突き刺していく。


一体一体突き刺したときの感覚が違う事に気が付く。


突き刺す角度、場所。

ゴブリンの大きさ。


そんなものによっても、微妙な差がある。


突き刺すたびに、

殺しという行為が、

ただの作業に変わっていく。


あぁ、

こいつらはこの作業を何百回もくり返し、

変わっていったのか。


そう理解した。


こいつらは、

どんな人生を送ってきたんだ。

どうやって、

ここにいる。


彼らの人生について、

少し思いをよせた。


俺は昔、

戦争の英雄について、沢山の人を殺せるなんて、

図太い神経の持ち主だな。

そう思っていた。


でも、

恐らくそれは違うのだろう。


仕事や筋肉と同じ、

いわゆる慣れなのだと思った。


こいつらを見ていると、

戦争の英雄も、

戦闘狂も、

薄皮一枚の差。


そんな気もした。


俺は少し不愉快な心持ちになった。


なぜ不愉快になったのかはわからない。

わかる必要もない。

そうも思えた。


何十年もの間、血を浴びてきた人間。

たった一度、血を浴びた人間。


同じく殺人者として、

扱われるが、

まるで違う生き物なのだと。

そう思えた。


そして、

少し尊敬にも似た気持ちを持ったのだった。


俺はふと冷静に、

博打も殺しも同じなのかと思った。


はじめは100円の賭けすら怖かった。

それが数か月もしないうちに、

1000円、2000円、

そして給料の大半を使うまでに、

なってしまった。


コマの目を思い出す。

あれはギャンブルにハマった男の目と同じ色をしていた。


アラの目を思い出す。

あれは冷静に勝負を見つめる勝負師の目と同じ色をしていた。


ニコの目を思い出す。

あれはギャンブルを心底楽しんでいる男の目と同じ色をしていた。


俺たちは同じ穴のムジナかもしれない。

そう思い、

少し気持ちが救われた気がした。


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