命のやり取り
次の日は、
丸一日槍の操作に時間を使った。
手足のようになったとは言わないが、
初めよりはずいぶんさまにはなったと思う。
まぁ自信がないのは、当然だ。
コマは少し離れた森にゴブリン討伐に行くと言った。
初級~中級くらいの冒険者が行うクエストのようだ。
森の中はうっそうとしていた。
間伐が行き届いていない。
そんな感じだった。
あちらこちらに、
倒木があり湿度が高い。
それより厄介なのが、
草の茂みだ。
1m50㎝くらいだが、密集しており、
茂みから襲われたらヤバイだろう。
「なぁゴブリンってのは強いのか?」
俺は尋ねる。
「ゴブリンは雑魚だ」
コマは笑った。
「それでも討伐依頼が来るって事は、素人じゃ手に負えないんだろう」
俺は尋ねる。
「あぁあいつ等は人を狩るからな」
「ゴブリンってのは、人を狩るのか?」
「あぁもちろんだ。身長は小さいがな。武器を持ってる」
「武器ってどんな?」
「色々ですよ。こん棒や槍、弓を使う者もいるそうです」
ニコは言った。
俺は周囲に目を配る。
山に囲まれた森。
あの山肌から狙われたら、
あそこの木から狙われたら。
嫌な妄想が頭をめぐる。
ゴブリンは雑魚。
本当か?
少なくとも武器を使う頭脳はある。
俺の感じ方を信じる?
それとも、
雑魚だという言葉を信じる?
俺は雑魚だと信じたいと思う。
しかし、
それが正解だとは言い切れないと、
俺の中の何かが叫ぶ。
ふと目の前に、
奇妙な人間の子供のような生き物が動いた。
上半身は裸。
髪の毛はなく、
身体の色は緑。
小さな角のようなモノが頭についている。
手には、
こん棒のようなモノを持っていた。
「きーきー」
変な叫び声をあげている。
「あれがゴブリンだよ」
コマは言った。
皆身構える。
俺も槍を前に構えるが、
手が震える。
「じゃあミック。あいつをやれ。お前らは手を出すなよ」
コマは言った。
俺を前衛に置き、
皆後退する。
「ちょっと待て。倒しかたとか見せろよ」
俺は言った。
「なに言ってんだ。荷物持ち。何千回も見てるだろ」
アラは耳をほじりながら、ニヤニヤしている。
「殺されそうになったら、ファイアーボールで燃やしますんで、思いっきり戦ってください」
ニコは言った。
逃げたくても、足が固定されて、動かない。
「おい。ミック。体が居ついてるぞ」
コマは叫ぶ。
「居つくってなんだよ」
「居つくってのは、身体が凍り付くって感じの意味だ。身体を少しでも良いから、動かし続けろ」
俺は言われた通り、少しずつ身体を動かした。
油の差された機械のように、身体は少しずつ動き始めた。
「腰を落とせ」
俺は腰を落とす。
「ふーっと息を吐け」
俺はふーっと息を吐く。
少しだけ、気持ちが落ち着いた。
「いいか。ゴブリンをじっと観察しろ。じっとだ。足元、目つき、どうなってる」
俺はじっとゴブリンを観察し始めた。
緑色の身体。
気味が悪い。
人間のようで、
人を襲う。
いや……、
人間も人を襲うか。
ゴブリンは同じ種族どうしで殺し合うのか。
いやいや。
そんな事を考えている暇はない。
眉毛はない。
まつ毛もない。
というか、
体毛のようなものはない。
足元は……、
えっ震えているのか?
目つきは、
鋭い?
いや怯えているように感じる。
「どうだミック」
「怯えているようだ」
「そうだ。だから言っただろう。ゴブリンは雑魚だと。やれ」
コマはそう言った。
その目には何のためらいもなかった。
俺が突き刺せば、こいつは終わる。
それで、
俺は報酬を貰い、宿に泊まり、飯を食う。
「なぁこいつらはなんの悪さをした」
俺は尋ねる。
「お前まだそんな事言ってんのか」
アラは笑っている。
「そいつらは人を襲い、人を食う事もある」
コマは言った。
槍を動かせば、
命はとれる。
ただそれだけだった。
人も、
肉を喰らい、
魚を喰らってきた。
ーーーそれと何が違う。
命のやり取りの現場を自分がやる。
人がやるのとの違いだけじゃないか。
しかし、
本当にその違いだけなのか。
「ほら。突き刺すだけだ」
コマは叫ぶ。
ゴブリンは、俺の目をじっと見ている。
その表情は何なんだ。
恨みか。
それとも殺そうという目なのか。
(ざざざ)
藪から音がした瞬間。
ゴブリンが飛びかかってきた。
俺は目を閉じ、反射的に槍を突き出す。
槍が急に重くなり、
地面に引っ張られた。
目を開くと、
目の前には腹を突かれたゴブリンが緑色の体液を流し、
倒れていた。
俺は力が抜け、
槍を落とす。
「バカ野郎。槍をすぐに掴め」
コマの声が聞こえた。
「囲まれたぞ」
アラが叫ぶ。
俺は周りを見渡す。
10匹。
いや20匹はいる。
「リーダー。どうします」
コマが言った。
「俺とアラは一匹ずつ始末する。
ニコ! お前は俺らが楽できるようにしてくれ。
ミック! お前は飛びかかってきたゴブリンをぶっ刺せ」
コマは叫ぶ。
コマは小型の斧を両手に、近くのゴブリン目掛けて突っ込む。
ゴブリンの頭、首、太もも、あらゆる場所を斧で切っていく。
いやあれは切るという風に美しいものではない。
斧で破壊と言ったほうが良いだろう。
俺はコマの顔を見る。
目が血走り、
喜びに満ちている。
コマの顔が、見る見るうちにゴブリンの緑色の体液で染まっていく。
俺は何を間違った。
なんで、
こんな地獄みたいなところにいる。
俺はただの鳶職だ。
命の取り合いなんかしない。
足場を組むだけの職人だ。
(ききー)
俺めがけて、
ゴブリンが突っ込んでくる。
俺は再び槍で突き刺す。
ぐーっとかかる重み。
嫌だ。
また殺してしまった。
そう思った瞬間。
刺したゴブリンの背後から、
別のゴブリンが飛び掛かってくる。
俺はとっさに槍を抜こうとする。
刺したゴブリンは、
槍を掴み離さない。
なんだこいつら。
頭が悪いんじゃないのか。
やばい、やられる。
そう思った瞬間。
高校生の頃付き合っていた彼女の横顔が頭をよぎった。
「俺、なんで彼女と別れたんだろう」
俺はつぶやく。
目の前に緑色の肉の塊が飛んでくる。
怒りに歪んだ醜悪な顔。
そうか、
こいつらも怒っているのか。
仲間を殺された事に……。
俺は槍をその場に落とした。




