槍使いのミック
俺らは宿に戻った。
ヤマの槍は、
部屋の隅っこでホコリをかぶっていた。
「ミック。これがヤマの槍だ」
槍はぱっと見たところ、
長さが3mくらいだった。
黒光りする柄に、
30㎝くらいの穂がついている。
見たところ鉄のようだ。
穂はところどころ、
刃こぼれがあり、
赤さびがついていた。
長く使われたが、
手入れはされていない。
そんな雰囲気だった。
「持っていいのか?」
「あぁ、少し重いぞ」
俺はしゃがみ込み、
槍を手にする。
持つとズシリと重い。
重量はおよそ3㎏くらいだろう。
ただ建築足場の単管よりは軽い。
俺は軽く、槍を動かす。
なるほど、こういう力が働くのか。
槍は使ったことがないが、
まぁ単管を扱うことを思えば、楽だとは思う。
ただ、鳶職は単管を振り回すことはない。
足場を組むのに使うだけだ。
共通点と言えば、
長い金属の棒を扱うことくらい。
しかし、
それでも遠心力の負荷、
その使いこなし方は、
身体の感覚でわかる。
鳶職が、
槍使いに転職するのは悪くないと思えた。
俺はふと、
冷静になって考えてみる。
槍使いという事は、
戦争でもやろうというのか?
俺は穂を確認する。
赤黒くなった部分があった。
「この赤黒い部分は?」
「あぁ、それは獲物を突いた時の血の跡だ」
表情一つ変えずに言った。
「獲物って、どんなのがいるんだ」
「お前、荷物持ちなのに、ぼーっとしてたのか。
まぁいい。ゴブリン、オーク、猪型の魔獣、色々だ」
猪型の魔獣?
魔獣ってなんだ。
それに、
ゴブリン、オーク……。
なんか聞いたことがあるような。
まぁ良い。
いずれ見るんだろう。
それより……、
「人は?」
「おいおい。
物騒なこと言うなよ。
戦争でもおっぱじめるつもりか。
人相手に武器を使う事はねぇよ。
盗賊とかは別だけどな。
戦争はしねぇ」
コマは表情を歪めた。
盗賊は別……。
まさか、この男。
「人を殺ったことがあるのか」
「あぁ、盗賊をな。30人。いや50人くらいは……」
コマの表情が曇る。
こいつが殺人を行った男か。
悪い連中は山ほど見てきたが、
殺人をしたと堂々と言う奴は初めて見た。
しかし、
ヤバそうな雰囲気はしてねぇな。
なんでだ?
この世界では盗賊は殺っても、
おかしくねぇのか?
まぁ良い。
それよりも、気になることがある。
「俺も人を殺るのか?」
コマは頭をかく。
「どんなクエストを受けるかによる。
その様子だと、人相手はやりたくないようだな」
俺はどう受け答えしたらいいかわからなかった。
「わからねぇ。命のやり取りをしたことがないだけだ」
「そうか?
俺から言わせたら、お前はずっと命のやり取りをしてる。
そんな気がするがな」
こいつ。
何を言ってる。
「なんで、そう思う」
「まず荷物持ちっていう仕事は、単純に見えて、それなりに危険だ。
所属しているパーティが全滅してしまえば、逃げる事も難しいだろう」
なるほど、
荷物持ちというのは、そういう仕事だったのか。
鳶の仕事と似ているのかもな。
「あとは、お前は博打をするだろう。あんなもの、命のやり取りだろう」
「そうか?
命までは取られやしないぞ」
「いいや。
人によっては、金は命同然だ。
その感覚がお前は狂っているんだよ」
「おちょくっているのか」
「いやいや。褒めてるんだよ。
お前みたいな奴は、土壇場に強い。
危なくもあるが、稼ぎもでかい」
ーーー危なくもあるが、稼ぎもでかい。
その言葉がやけに気に入った。
しかし、
こいつが人殺し。
よくわからねぇな。
この国は、
そんなものなのか?
「冒険者っていうのは、合法なのか?」
「あぁ、冒険者ギルドで受ける仕事は合法だ。
さっきの盗賊にしても、生きて捕らえるのが理想だが、殺しても問題ないと、国から言われてやってる」
国が殺しを認めてる?
ここは確実に日本じゃねぇな。
しかし、
どこの国だ。独裁国家か。
なんで、
俺の言葉が通じる。
それより、
今は槍を使いこなすことか。
「ところで、この槍でどう戦う」
「基本的にはな。この穂の部分で切ったり、突いたりする」
「それだけか」
「俺も詳しい事はわからねぇ」
「そのヤマはどんな風に訓練とかしてた」
「あぁそうだな。たしか、こう腰を下ろして、エイと突く練習をしていた」
コマは槍を持って、実演してみせた。
「なるほど。こうか」
俺は見よう見真似でやってみせる。
「まぁそんな感じだ」
「そのヤマというのは、誰かに槍を習ったのか?」
「いや。習ってはないと思うぞ。俺も斧を使うが、誰にも習ってない」
「習ってない。それで勝てるのか?」
「身体が覚えるだろう。
あぁそうだ。騎士団とかなら、そういう練習とかはしているみたいだ。
あとは魔術職も学校とかある」
「冒険者の戦士や槍使いは、実戦でというわけか」
「そうだろうな。俺も自分の世界の事しか知らんが、まぁしばらくレベルの低い相手と戦って、慣れたら、他の冒険者と合同でクエストをやれば、技も盗めるだろう」
「あぁ、それだったら助かる」
俺は外に出て、
宿から漏れ出る光を頼りに、
槍の取り回しを練習した。
始めは、
槍にふりまわされる感覚だったのが、
徐々にバランス感覚が掴めてきた。
槍のどこを持つかで、槍の動きが変わり、筋肉への負荷が変わる。
この練習で良い。
そう思ったが、
本当にそうだと言いきれない自分がいた。
俺は今、
長年付き合いがあった賭博と手を切り、
新しい友人と付き合う準備をしている。
しかし、こいつが裏切らないとでも言うのか。
そんな疑問が頭をよぎる。
俺は信じているのか、
信じたいのかどちらなのだ。
そんな、
言葉がぐるぐる回り、
その都度、
槍の穂がぶれる。
「感情のブレをなくし、プレイに集中する」
そんな事を言っていたオリンピック選手がいたな。
曖昧な記憶を思い起こし、
頭に流れる言葉をせきとめる。
「博打は興奮するぜ」
「切った張ったの人生だ」
「スリルがない人生なんてクソだろ」
「今日も賭けようぜ」
呪いのように言葉が頭を渦巻く。
俺は、
呪われているのか。
はまっているのか。
依存症なのか。
自分がまったくわからない。




