腐った臭い
俺には、
まったく状況が掴めなかった、
まず、
俺は俺だが、
身体は俺じゃない。
そんなことあるか?
あぁーーー
たしか、あったな。
学生の男女が頭をぶつけて、
人格が逆になったっていうの。
それか。
いや違うか。
男女逆転じゃないもんな。
男だし、
ドキドキもしないし。
まったく、わからん。
とりあえず、ほっておけば、いずれ治るかもしれん。
考えずにほっておこう。
「よう。兄ちゃん。賭けないのか?ビビっちまったか?へへへへへ」
胴元の手下っぽい男が、ジロジロ見る。
なんだ、
こいつは気持ち悪い。
「うっせい。幸運のお守りを忘れてきたから、勝負するかどうか悩んでるんだよ」
と俺は言った。
「へへへ。せいぜい怪我しないうちに母ちゃんのオッパイでも吸いに帰んな」
男は去っていった。
幸運のお守りか。
懐かしいな。
神社で拾ったサイコロ。
あれ誰かにやったんだよな。
誰だっただろ。
たしか、
喧嘩の仲裁をしてくれた。
名前が思い出せない。
まぁ良い。
とりあえず、
賭けよう。
俺は席に座り、
賭けを始める。
イキナリ勝ち。
次も勝ち。
二連勝の確率は何%だ。
25%か……。
そんなにたいした確率じゃないな。
この隣の男も同じか。
次は12.5か、
よし勝負。
隣の男も同じほうに賭けた。
あぁ両方負け。
ちらりと奥の方を見る。
胴元らしき男が女といちゃついている。
むかっ腹が立ってくる。
ふと腐ったような匂いが立ち込める。
あの胴元らしき男の方からだ。
女の眉間にシワが寄っている。
なんかなぁ。
俺は気を取り直して、
賭けを再開する。
そして辺りを見渡す。
ニヤニヤしている男、
異常に貧乏ゆすりをしている男、
きょろきょろしている男。
しかし、
皆一様に、
目だけはやけに血走っている。
俺もこんな風なのか。
そう思うと、
ずいぶん気持ち悪く感じてきた。
俺は外にでて、
朝食べたものを、すっかり吐いた。
俺は、
コインを一枚だけポケットに入れ、
賭場に戻った。
賭場は相変わらず臭かった。
そこにある金さえも、
臭いが移ってそうに感じた。
俺は金の入った袋を目の前にどんと置き。
髙いにだけ賭け続けることにした。
勝ち、勝ち、負け、勝ち、負け、負け、負け、負け、勝ち、負け
勝負は何度も繰り返される。
所持金は減ったり増えたりをくり返し、
暗くなるころには底をついた。
俺は何も言わず、
賭場を出て行った。
辺りはすっかり暗くはなっていたが、
昨日ほどの暗さではなかった。
俺は橋の近くで、足を止め、川を眺める。
川にはいろんなモノが流れていた。
板や木切れ、
何かの死体。
時々、プクプクと泡がたち、
糞尿の臭さと、なにかの腐臭が川から上がってくる。
俺の夢は、
ニコというおどおどした数学オタクの男のせいで、
脆くも崩れ落ちた。
俺はニコを恨めばいいんだろうか。
感謝すればいいんだろうか。
そんな事を考えた。
いや、
俺はまだ諦めていない。
そう言い聞かせる。
「胴元になる」
俺は呟いた。
心の中に虚しさが湧きおこる。
先ほどの賭場の太った男の顔が思い浮かぶ。
あの楽しそうな気持ち悪い顔。
あんな顔を人前に晒す。
あの手下たちの卑屈な顔。
あの頂点に君臨する自分。
到底好きになれないな。
そう思った。
俺は思い出す。
パチスロや競馬で知り合った知人達の事を……。
子供の教育資金をつぎ込んで、
離婚を突きつけられた大学教授。
親から受け継いだ缶詰工場を、
借金のかたに取られた二代目経営者・
みんな、
生気のない濁った顔をしていた。
ドブ川に映った自分の顔を見る。
見知らぬ顔。
でも生気のない濁った顔なのは、
なにも変わらなかった。
「幸せになりたい」
大学教授も、二代目経営者も、同じ事を言っていた。
俺もだ。
幸せになりたい。
そう願った。
プロ野球選手になりたい夢を持ったのも、
幸せになりたいから。
夢を諦めたのも、
幸せになりたいから。
博打を始めたのも、
幸せになりたいから。
そして今、
幸せになりたいから、
再び考えている。
「どうやれば、幸せになれる」
俺は口に出していた。
「幸せ?俺は酒を飲んでいれば幸せだ」
後ろから声が聞こえた。
「ミックか。なに思春期の子供みたいな事言ってんだ」
コマだ。顔がほんのり赤い。
「酔ってるのか?」
「当たり前だ。酒はいいぞ。幸せになれる」
コマは笑った。
「下戸なんだよ」
「そうか。博打はどうした?」
「なんかな。博打では幸せになれない気がしてな」
「そうだろな。俺の知る限り、博打で幸せになった奴はいない」
「そうか。そうだな。俺の周りもそうだ。じゃあ、酒以外でなにで幸せになる」
「そうだな。色々あるぞ。食い物が好きなら飯を食う。服が好きならオシャレする。仕事が好きなら、仕事を頑張る」
「仕事だと?仕事なんか頑張っても、たいして何も変わらねぇじゃないか」
「あぁ。それは頑張っても変わらない立場にいるからだよ」
「どういう事だ」
「俺らみたいな冒険職は、頑張ったらその分、稼げるからな」
「それは荷物持ちもじゃねぇのか?」
「たしかにそうだが、俺らの場合は、効率よくクエストをこなせば、利益は上がるし、クエストこなし中にお宝を見つける事だってある」
「おい。ちょっと待て。そんな幸運なことってあるのか?」
「あぁ、あるよ。例えば旅の途中で亡くなった冒険者の持ち物とか、案外拾う事もあるし、魔物の牙とか、そういうのも売ることができる」
「賢く振る舞えば、いろいろ稼げるって事か」
「まぁでも命がけだけどな」
「まぁ命がけなのは、別にいいんだけどな」
俺は鳶職の時のことを思い出した。
狭い足場を組み続ける鳶職。
一歩足を踏み外せば、
即命は消える。
俺は、
そんな危険なところで十年以上働いていたんだ。
「じゃあ、槍使いやらねぇか?」
「俺は槍は使ったことがない」
「槍は簡単だ。鉄の棒を振り回せる力があれば良い」
俺は鳶職だ。
単管という鉄パイプで足場を組んでいた。
それならいけるかもしれない。
「槍を持ってみようかな」
「あぁそうか。じゃあヤマの予備の槍がある。それを持ってみろ。じゃあ行くぞ」
俺はコマに腕を掴まれ、
宿屋に引っ張られた。
強引なのは癪に障るが、
今は悪くないと少し思えた。




