確率論
「いい加減なこと言ってたら、ぶちのめすぞ」
「えぇ~。本当にミックさんですか?性格悪くなってません」
「知るか。そんなもの。それで客が負ける仕組みになってるってどういう事だよ」
俺はニコの胸ぐらを掴む。
「確率は五分五分って言ってましたよね」
「あぁ言ってた」
「じゃあ2連勝する確率は五分五分ですか?」
「五分五分だろ」
「そこが勘違いなんですよ」
「なに?」
俺はニコの胸ぐらを掴んだ手を緩めた。
どういう事だ。
俺は頭の中がぐちゃぐちゃになった。
薄暗い室内に、
ランプの光がゆらゆらと揺れている。
窓の隙間から光に誘われ、
羽虫が飛んできた。
羽虫はランプの中に飛び込み、
ぱっと燃える。
「五分五分だろ。どう計算しても」
俺の頭は沸騰した。
「なぜ五分五分じゃない」
俺はニコの目を見た。
ニコは薄ら笑みを浮かべている。
俺は、
こんなおどおどした奴相手に負けるのか。
「説教するつもりはないんですよ。ただ数字が好きなので、趣味の話です」
「あぁ、わかった。趣味の話に付き合うよ」
俺は答えた。
ニコは明らかにうれしそうだ。
あぁこいつは、
バカにする気もなければ、
説教する気もない。
ただ自分の趣味の話を聞かせたいだけなんだ。
そう思った。
「まず、賭場ってタダで遊べるんですか?
なにか賭場を開催している人にお金を渡すんじゃないですか?」
「そうだ。てら銭って言ってな。掛け金の一部は主催者、まぁ胴元が持っていくんだ」
「そうですよね。まずそれがあるから、五分五分にはならないですよ」
「てら銭があるから、五分五分にならない。まぁそうなんだろうな」
「そうですよね。仮にここで二人で賭けをすれば、てら銭はかからない」
「そうだ。場所代だからな。仕方ないわな」
「そうです。たしかに場所代だから仕方ない。でもそれがまず、確実に五分五分にならない理由なんですよ」
「しかし、運がよければ勝つ」
「そうでしょうね。ですが、勝ち続けた人って見た事あります?」
「あるぞ。勝ち続けた奴はいる」
「何連勝くらいですか?」
「さぁな。五連勝くらいはいったんじゃないか」
「じゃあ、五連勝をする確率は?」
「五分五分じゃないか?」
「思い出してみてください。今まで賭場に行った回数は?」
「千回じゃ足りないくらいだ」
「ミックさんは、どのくらい五連勝をしたんですか?」
「五連勝なんて一度もしていない」
「五分五分だったら、結構な数、五連勝しているはずです」
「たしかにな」
「つまり五連勝をする確率は、五分五分じゃないんですよ」
「ちょっと待て。じゃあ五連勝をする確率は?」
「0.5×0.5×0.5×0.5×0.5=3.125%になります」
「3.125%だと、めちゃくちゃ低いじゃないか」
「そうです。ちなみに十連勝だと、どのくらいかわかりますか?」
「計算できない」
「0.1%。
千人に一人です」
「千人に一人だと。ドラフトと同じじゃないか」
「ドラフト?なにかよくわかりませんが、かなり狭き門なのですよ」
俺は頭の中が真っ白になった。
高校球児がドラフト入りする確率が1000人中たったの一人。
と聞き、
俺は小学生の頃に、夢を諦めた。
丁半博打は50%で勝てる。
ギャンブルより、
割りが悪い賭けなんて、アホじゃねぇか。
そう思ったからだ。
でも、
今は俺のほうがよっぽどアホだ。
ドラフト入りするくらいレベルの高い事を、
運だけでどうにかできると思い込んでいた。
いやドラフト入りのほうが、
努力ができる分もっとマシかもしれない。
丁半博打じゃあ、
努力もクソもねぇ。
「なぁニコ。笑い話をしてやろうか?」
「なんですか。ミックさん。気味が悪いですね」
「まぁ聞けよ。昔な、夢を実現する為には1000人のうち一人にならないといけないと知って、夢を諦めた男がいたんだ。
そいつが考えたのは、博打なら五分五分で勝てる。
博打のほうが、よっぽど効率的だって考えたんだがな。
そいつは勝ち続けるのは、五分五分じゃないって事を理解してなかったんだ」
「それって、ミックさんの事ですよね」
「ニコ。笑ってくれよ」
「笑えないですよ」
「笑ってくれないと、辛くなってしまうじゃねぇか」
「そうですね。じゃあ笑いましょう。ははははははは」
「なんだよ。その棒読みの笑い方は。まぁいいや」
「じゃあ。もう博打は止めるんですよね」
「はぁ?何言ってやがる。勝ち続ける方法を考えればいいだけだろう」
「懲りない人ですね。じゃあ勝ち続ける方法を二つ教えますよ」
「なんだそれ」
「一つは胴元になることです」
「胴元?どういうことだ」
「例えば毎回の勝負ごとにコイン1枚胴元に入ったとします。一日300の勝負があったら、胴元にはいくらコインが入りますか?」
「バカにしてるのか?300枚だよ」
「賭場でコイン300枚稼ぐのって、簡単ですか?」
「難しいよな」
「博打では稼ぎ続けるのがもっとも難しいんです。でも胴元は、賭場を開けば開くほど、客がくればくるほど、儲かる仕組みなんです」
「そうか。あと一つはなんだ」
「イカサマですよ」
「なんだそれ。もう良いわ」
俺は話を打ち切り、
ベッドで眠りについた。
クソ鬱陶しい、
そう思った。
その日、
俺は高い所から落ちる夢を見た。
クソ縁起が悪い。
少し苛立つ。
翌日。
俺は賭場に向かう。
なんでって?
もちろん昨日の負けを取り戻すためだ。
賭場は、
相変わらず臭く汚かった。
まるでゴミ溜めのようで、
そこに顔がむくんだオッサンたちがすごい形相で、
金を賭けている。
昨日まで、
ここの住人だったのに、
無性に気味悪く感じてきた。
奥のほうに、
胴元らしきでっぷりとした男が、
偉そうに椅子にのけぞって座っている。
俺が働いた金が、
こいつの腹の肉に変わったのかと思うと、
反吐が出そうになった。
いや待て、
俺が働いた金じゃないな。
俺がなんだか、
手に入れた金だ。
そういえば、
この身体は俺なのか?
体毛の濃さや、
筋肉の付き具合が違う。
そういえば、
こっちに来てから、
鏡を見たことがない。
ふと賭場の用心棒が、
腰にナイフをぶら下げているのに気が付く。
「なぁ。そのナイフ見せてくれよ」
「はぁ?痛い目を味わいたいのか」
「違ぇよ。顔を見たいだけだ」
「だったら、そこの食事用のナイフを使え」
用心棒は指さす。
俺は食事用のナイフで顔を見た。
誰だこいつ。
俺は俺だが、
身体は俺のモノではなかった。




