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10/12

喧嘩

俺はふと鳶職になってしばらくした時の事を思い出す。


季節はある夏の金曜日の事。

俺は鳶仲間と一緒に、作業着のまま居酒屋に出かけた。

どこかで花火大会があるようで、

街には浴衣姿の男女が目立った。


俺たちは、

居酒屋の座敷に通された。

生中で乾杯し、

あれこれ注文。

少し腹も膨れ、酔いが回ったあと、

柄の悪い男たちに絡まれた。


一人は180cmほどの身長。金髪のボウズにヒゲ。でっぷりとした体形に、だぼだぼの黒のTシャツ。

ダボダボのパンツの裾を上げている。

腕には、一面のタトゥーが入っていた。

もう一人は170㎝ほどだが、がっちりとした筋肉質の体形でこちらも大きい。

ピチピチしたタンクトップに、腕には「平和」の一文字。

スキンヘッドで眉毛がない。

あとは、花柄のアロハシャツを着ている175㎝くらいのひげヅラのオッサン。

筋肉質で酒くさかった。


「なんだ。てめぇら。

ニッカポッカなんて履いて、飲み屋に来やがって、ツチボコリが入るだろうが、汚ねぇな。

うせろ」

金髪のボウズが言った。


「なんだと。ぼこられてぇのか?」

息まく仲間。


「まぁよせよ。ニッカポッカ履いて、俺は鳶だ。強いんだよって言いたいんだよ。ほっといてやれよ。絡んだら可哀そうじゃねぇか」

花柄のアロハの男が言った。


「バカにしてんのか? 俺らは毎日危険な仕事してんだ。度胸だってある」

俺は言った。


「ふふふ。お前ら知ってるか?

鳶は鷹と同じ猛禽類だ。

でもな、鳶は猛禽類の中でも数が多い。

度胸があるかもしれないが、

鷹のように狩りも上手くないし、死体だって食う。

ハッキリ言って希少じゃないんだよ」

平和と書かれた男は笑った。


「なんでも食えるのは、偉いじゃないか。

それに数が多いなら、勝ち組じゃねぇか」

俺はそう返した。


男たちは、

俺の言葉を聞いて、

腹を抱えて笑った。


俺の仲間が、

平和と書かれた男に殴りかかった。


そこから、俺らは居酒屋の外に出て、殴り合った。

お互いにボコボコになり、

警察に止められ、ようやく喧嘩がおさまった。


……

俺らはそれからも、イカサマについて教わった。

仲間同士でぐるになって騙す方法。

賭場にサクラの客がいるという話。

異常に勝ってる客が実はサクラだったという話。

イカサマについて、

いろんな話を聞いた。


聞くたびに、

いろんな経験を思い出す。

そして、

俺もカモにされていたのでは。

そんな気分になり、

なにかを失った、

そんな心地の悪さが身体を支配する。


俺はそれを流そうとするが、

忘れようとすればするほど、

その心地の悪さが、

身体と頭を支配する。


「イカサマ師なんて、人間のクズだな。

いやクズのほうがよっぽどマシかもしれない」

俺は言った。


言ってはいけないことだと、

きっと理解はしていた。

しかし口から出る言葉を止めることができなかった。


「はぁ? お前が聞くから教えたったんだろうが」

アラは俺を睨みつける。


頭に血が昇る感覚を思い出す。

居酒屋の時、

負けがこんでる時の感覚と同じだ。

制御ができない。


「ミックやめろ!」

コマが言った。


アラが俺を騙したわけじゃない。

むしろ騙し方を教えてくれたわけだから、

救ってくれたほうとも言える。


しかし、

腹が立って仕方がない。

拳が震える。

喉が渇く。

俺はエールでごまかそうとする。


「賭場にはな。イカサマがあって当然だ。

どの客も、他の奴を出し抜こうとする。

どの客もだ。

当然、賭場のほうもだ。

賭場はバレないようにルールを破る騙し合いの場なんだよ」

アラは言った。


「バカ野郎。

賭場はな。勝負の場だ。

人生を賭ける勝負の場なんだ」

俺は叫んだ。


「バカかお前は! 賭場で人生を賭けるなんて、もっと他に賭ける場所があるだろ」

アラは声を荒げる。


こいつ。

もしかして、

俺の事を心配してくれてるのか?

そう思った瞬間。


アラの拳が俺の顔面に入った。

口の中に鉄の味が広がる。

ふーっと意識が遠くなる。


まずい。


俺は踏ん張り、

すぐさま、アラの顔面に向けて拳を繰り出す。

すっーーー

にやついた顔で避けられる。


俺はすぐさま体勢を整え、ボディを狙う。

ボディに拳が入り、

アラの顔が歪む。


(ごん)

上から大きな衝撃が入り、地面が見える。

アラもなにかに殴られたようだ。


「やめろ!

飯と酒にホコリが入るだろ」

コマだ。


俺らはコマの迫力に押され、

拳を止めた。


ざわついていた食堂の中はシーンとしていた。

「二人ともごめんなさいしろ」

コマは言った。


「ごめんなさいって」

ニコはクスクス笑っている。


「こいつが殴ってきたんじゃねぇか」

俺はアラを指した。


「お前がクズ以下だといったんじゃねぇか」


「別にアラがクズ以下だとは言ってない」


「俺は元イカサマ師だ。同じだ」


「俺はな。

仕事を始めてから稼ぎのほとんどを博打に突っ込んできたんだ」

俺は言った。


皆、

唖然とした顔をして俺を見た。

皆の視線が変わったような気がした。


「あぁ、そうか。そりゃ、複雑だわな」

アラは言った。


空気が止まる。


「すまねぇ」

アラは、そっぽを向き、そう言った。


「俺も感じが悪かった。騙されないように、教えてくれてるのに」

俺は呟いた。


「じゃあ。これで仲直りだな。よしエールで乾杯しよう!」

エールが人数分運ばれてくる。


「乾杯」

俺らは再びエールで乾杯をした。


コマとニコは自然だったが、

アラも俺も不自然だった。


不自然という、変な共通点。

それがなぜか笑えた。


「アラ。なんで博打やめたんだ」

俺は尋ねた。


「イカサマ仲間が三人、インチキがばれて、殺られちまった」

アラは呟く。


「それは怖くなるな」


「いやブルってしまったんじゃねぇ。俺は金より女のほうが好きなんだ。殺されるなら、女に刺されるほうが本望だ。オッサンに殺されるのは、ショウに合わない」


「なんだその理由」


「おかしいか?」


「いや。アラらしいよ」

俺は納得した。


良心の呵責。

そういったものではなく。

恐怖でもなく、

オッサンに殺されるのは、ショウに合わない。

そのクズっぷりがやけに気に入った。


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