75話
(おお……VIT 45! [R]スケルトン・バウォーク(VIT 50)に近い耐久力じゃないか!)
特筆すべきは特性だ。ただそこにいるだけで、近接戦闘を挑んでくる前衛を削り殺す歩く公害。
「う、うわっ! 目が痛ぇ! なんだこの煙は!?」
「近づくな! 息を吸うな、肺が焼かれるぞ!」
ただ天井から見下ろし、オーラを撒き散らしているだけだというのに、真下にいた冒険者たちが喉を押さえて咳き込み始めた。
魔法でコーティングされたC級の装備でさえ、コロシブ・センチピードの放つ[酸のオーラ]に晒され、表面から白い煙を上げて劣化していく。
(これなら、立派な装備で固めたC級だろうが、肉壁にして進もうとするゴアだろうが関係ない。盾ごと全員まとめてドロドロに溶かしてやる!)
(よし、コロシブ・センチピード! その極悪なデバフの力、存分に見せつけてやれ!)
俺の命令に応え、洞窟の天井に張り付いた巨体が蠢く。
「ギシャァァァァッ!!」
コロシブ・センチピードの巨大な顎から、先ほどまでの緑色の酸とは比べ物にならない、赤黒く濁った粘性の高い液体──[腐食液]が吐き出された!
「ひぃっ!? く、くるぞ! 盾を構えろ! 魔法障壁を最大にしろ!」
指揮を執っていたCランク冒険者が叫び、前衛たちが分厚い鋼の大盾を掲げ、後衛が魔法の光でそれを分厚くコーティングする。
先ほどまでのNランクの酸なら、これで完全に防げていた。
だが、Rランクに進化したこいつの[腐食液]は、装甲を無視し、防御力を永続低下させるという凶悪な特性を持っている!
ドチャァッ!!
「なっ……!?」
赤黒い液体が盾に直撃した瞬間、ジュワァァァァッ!!という鼓膜を刺すような爆音と共に、魔法障壁が薄紙のように弾け飛んだ。
それだけではない。
分厚い鋼の大盾が熱したフライパンに落ちたバターのように、一瞬でドロドロに溶け落ちたのだ!
「盾が……溶け、ぎゃあああああああッ!?」
防御を貫通された前衛の冒険者たちが、直接[腐食液]を浴びる。
VIT(体力)を強制的に低下させるデバフ効果により、彼らの肉体は抵抗する間もなく崩壊していく。
立派な装備も、鍛え上げられた肉体も、コロシブ・センチピードの前では等しく無力な有機物の塊でしかなかった。
「お、おい嘘だろ!? ガルさんたちの魔法盾が一瞬で……!」
「逃げろ! 近づくな、息をするだけで肺が焼けるぞ!」
周囲に撒き散らされる[酸のオーラ]の持続ダメージと相まって、冒険者たちの隊列は完全に崩壊した。
ゴアに無理やり前列へ押し出されていた肉壁たちは、逃げる間もなく泥濘の中で溶けていく。
後方にいたCランク冒険者たちも、恐怖で顔を引きつらせて後ずさることしかできない。
「くそっ汚らしい虫けらが」
肉壁を失い、酸の飛沫を避けるために後退を余儀なくされたゴア・シェルドーが忌々しそうに顔を歪める。
泥濘の悪路と、近づくことすら許さない極悪な酸の弾幕。
(やった……! これが地形と、進化した魔物のシナジー……!)
俺は[戦術マップ]上で、敵の進軍が完全にストップしたのを確認し、内心でガッツポーズを取った。
泥の中で息絶えた冒険者たちが次々と光の粒子となり、俺の元へと吸い込まれていく。
防衛フェーズのボーナスも相まって、DPは消費した分を補って余りある速度で回復・増加していく!
(足止めは完璧だ。だが、ゴアがこのまま大人しくしているはずがない……!)
泥にまみれた死神が次にどう動くか。俺は戦術マップの表示を最大まで拡大し、警戒を強めた。
「おい、お前ら。いつまで震えている」
泥濘の奥、酸の霧に巻かれながらゴアが低く、温度のない声を出した。
生き残っていた数人の冒険者たちが、ガチガチと歯を鳴らしながら振り返る。
「む、無理だ……ゴアさん、あんな化け物、近づくだけで装備が溶ける……!」
「そうだ! 死にに行くようなもんだ!」
「あぁ、そうだ。死にに行くんだよ。テメェらがな」
ゴアが剣の柄に手をかけた。その瞬間、凄まじい殺気が冒険者たちを貫く。
「行け。センチピードに飛び込め。止まる奴、逃げる奴は、今ここで俺が細切れにする。運良く酸を浴びて生き残ったら、命だけは助けてやる」
「ひ、ひっ……う、ああああああッ!!」
狂乱した冒険者たちが、背後の死神から逃れるように、前方で酸を撒き散らすコロシブ・センチピードへと突撃を開始した。
(自暴自棄の突撃……!? )
「ギシャァァッ!」
コロシブ・センチピードが[腐食液]を放つ。
先頭の男がまともに浴び、絶叫と共にドロドロの肉塊に変わる。
だが、ゴアは無残な死体を、事も無げに足蹴にして前へ進む。溶けゆく肉体、積み重なる防具の残骸──。それらが一時的な「遮蔽物」となり、センチピードの[酸のオーラ]を物理的に遮断していく。
(……まずい! センチピードが肉壁の処理に気を取られてる!)
ゴアは冒険者が溶かされる惨状を、冷徹な瞳で観察していた。
センチピードが次の[腐食液]を吐き出そうと、大きく顎を開いた──その瞬間。
死体の山によって生まれた、わずか数秒の死角。
「そこだ」
ゴアの姿が、かき消えた。
(――ッ!?)
「ギィッ!?」
センチピードが異変に気づいた時には、すでに死神は頭上にいた。
泥濘を一切感じさせない、AGI 98のデタラメな跳躍。
「[処刑執行]」
赤黒い魔力が剣に宿る。
狙いは、甲殻の継ぎ目──脳天……!?
(やめろぉぉぉッ!!)
ドッ!!!
凄まじい衝撃音が洞窟内に響き渡った。
「……チッ」
ゴアが着地し、不快そうに舌打ちをする。
そこには、脳天を割られたセンチピードの姿……は、なかった。
「カッ……!!!」
[R]スケルトン・バウォーク。巨大な[巨人の城壁盾]が、ゴアの剣を間一髪で受け止めていたのだ。
だが、Bランクの必殺スキルは防ぎきれない。
盾を貫通した衝撃と剣先が、センチピードの横腹を深く切り裂いていた。
「ギシャァァァ……ッ……!」
大量の体液を撒き散らし、センチピードが泥の中に崩れる。致命傷は免れたが重傷だ。
「骨の分際で、割り込むか」
「カカッ!(させん!)」
バウォークが盾を構え直し、ゴアの追撃を遮るように立ちはだかる。
その隙に周囲の[N]レイスたちが実体化してゴアに群がり、一瞬の隙を作る。
「くそっ……雑魚どもが!」
(バウォーク! センチピードを連れて今すぐ上に逃げろ! ここも放棄だ!)
俺は半ば叫ぶように命令を下した。
バウォークは傷ついたセンチピードを支えながら、レイスたちの妨害を背に4階へと続く階段へ向かって泥濘を爆走する。
(DPならある……! リナ、回復魔法の準備だ! コボルト、今ある罠を全部起動させろ! 足止めだ!)
「逃がさんと言いたいが。くそっ……!」
ゴアが剣を構え直そうとして、わずかに膝をついた。
ここまでの連戦と出血が、Bランクの化け物にも確実に底を強いている。
(まだだ……まだ終わらせないぞ。次は4階、[C] コボルトの迷路だ……!)
俺は光の粒子となって吸収されていく冒険者たちのDPを貪りながら、次なる防衛線の構築を急いだ。




