74話
バウォークたちを殿にして階段を駆け上がった先。
3階に踏み込んだ冒険者たちは、異様な光景に思わず足を止めた。
「……は? 塔の内部に洞窟が……!? なんじゃこりゃあ!」
「馬鹿、ここはダンジョンだ! 外の見た目なんざ意味がねぇんだよ! 気を抜くな!」
彼らの目の前に広がっていたのは、先ほどまでの無機質な石造りの回廊とは打って変わった景色だった。
ジメジメとした土の匂いが立ち込め、壁は剥き出しの土塊。足元はズブズブにぬかるんだ泥濘となっている。
ここは第3階層[C] 湿った土の洞窟。
ただ見た目が変わっただけではない。このフロアは泥濘によって侵入者の移動速度を著しく低下させるという強烈な地形効果を持っている。
さらに[C]スライムや[UC]大ムカデの待機所に適しており、酸や粘液系スキルの威力がわずかに上昇するという隠しバフまで存在するのだ!
(さあ、ここからが本当の地獄だぞ……!)
2階の回廊ではゴア・シェルドーが、無慈悲にも他の冒険者を肉壁として盾にしながら進んでくるという最悪の戦法をとってきた。
だが、この泥濘の中ではどうだ?
「く、クソッ! 足が泥に取られて……!」
「進めねぇ! 後ろから押すな、転ぶだろ!」
重い金属鎧を着た前衛の冒険者たちが、泥に足を取られてもがいている。
一歩前に出るのさえ一苦労の悪路。肉壁が立ち止まれば、必然的にその後ろにいるゴアの歩みも遅くなる。
(今だ! 降らせろ!)
「キシャアアア!!!」
俺の号令と共に、薄暗い洞窟の天井と土壁が蠢いた。
「……上だ! 上から何かが降って──」
「ぎゃあああああッ!?」
頭上から降り注いだのは、ただの水滴ではない。
洞窟の天井にびっしりと張り付いていた無数の[C]スライムの粘液と、土壁の隙間から這い出てきた[UC]大ムカデたちが一斉に放った酸の雨だ!
ムカデたちの酸に至ってはフロアの特性によって威力が底上げされた、凶悪な強酸である。
「あ、ああっ! 鎧が……盾が溶けるぅぅッ!?」
「顔に! 顔にかかった! 目が、目がぁぁぁぁッ!」
逃げようにも、足元は深い泥濘。
肉壁として前に押し出されていた冒険者たちは、回避することも後退することもできず、頭から強酸を浴びて次々と泥の中に崩れ落ちていく。
「……チッ。次から次へと、不愉快な罠を」
後方にいるゴアは、半狂乱で溶けていく肉壁たちをさらに盾にして酸の飛沫を防いでいるが、顔には確かな苛立ちが浮かんでいた。
(いいぞ! そのまま泥にまみれて、じわじわと削られていけ!)
圧倒的な個の暴力も、進むことすらままならない悪路と、頭上からの全方位攻撃の前には足止めを食らうしかない。
俺は戦術マップを見下ろしながら、徹底的な消耗戦のタクトを振り続けた。
その中でも、ひときわ異彩を放って活躍しているのが、[N]アシッド・センチピードだ。
「シャァァァッ!」
複数の脚を不気味に蠢かせ、薄暗い洞窟の天井を縦横無尽に這い回りながら、高濃度の酸を次々と吐き出していく。
「ぎゃああ! 剣が、剣が溶けるぅ!」
「鎧が! 皮膚まで……熱い、熱いィィィッ!」
アシッド・センチピードの吐く強酸は冒険者たちの装備を容赦なく溶かし、彼らの攻撃力と防御力を瞬く間に奪い去っていく。
耐性のない弱い冒険者や、ゴアに強引に前に押し出されただけの者たちは、そのまま酸に焼かれて悲鳴を上げ、次々と戦闘不能になって泥の中に沈んでいった。
(すごい……! ただ戦う場所を、彼らにとって適切な地形にしてやるだけで、Nランクの魔物がこんなにも活躍できるのか!)
俺は、地形効果と魔物の特性が噛み合った凄まじい戦果に、ダンジョンマスターとして感動すら覚えていた。
だが……。
「うろたえるな! 魔法の盾を上に構えろ!」
「分厚い革のマントで防げ! 質のいい装備なら、そう簡単には溶けねぇ!」
集団の中から、Cランクの冒険者たちが鋭く声を張り上げる。
彼らは歴戦の探索者だけあって、酸耐性のあるマントを被っていたり、魔法でコーティングされたらしい立派な装備で身を固めていた。
アシッド・センチピードの酸を浴びても、表面からジュッと白い煙が上がるだけで、致命傷には至っていない。
(くそっ……! 流石に強い冒険者たちには、Nランクの酸じゃ効果が薄いか……!?)
弱者を盾にし、自前の強固な装備で身を守りながらC級冒険者たちとその後ろにいるゴアが、泥濘を掻き分けてジリジリと押し寄せてくる。
だが……!
(DPが、さらに凄まじい勢いで増えている……!)
俺の視界の端で倒れた冒険者たちが次々と光の粒子となって吸収されていく。
防衛フェーズのバトル・ハイ(自動増加)と撃退ボーナスの相乗効果で、DPのカウンターは回り続け、ついに【40,000 DP】の大台を突破していた。
(ここは……DPを出し惜しみする場面じゃない!)
戦力は使える時に使ってこそ意味がある。
俺は戦術マップ上で最も敵陣の奥深くに張り付いている、[N]アシッド・センチピードに狙いを定めた。
([N]アシッド・センチピード……お前の真の力を見せてくれ!)
俺は蓄積されたDPを一気に注入した!
4000 DPを消費し、対象のアシッド・センチピードのレベルが一気にLv.15へと跳ね上がる。
そしてシステムメッセージが脳裏に展開され、二つの進化先が提示された!
♢ ♢ ♢
[R] コロシブ・センチピード
進化タイプ: 属性特化
概要: [強酸液]が[腐食液]に進化し、敵のVIT(体力)や防御力を永続的に低下させるデバフ効果を得る。[酸性外皮]が[酸のオーラ]に進化し、接近する敵に持続ダメージを与えるようになる。
[R] センチピード・トラッパー
進化タイプ: 奇襲・罠特化
概要: [壁面移動]能力が向上し、[隠密]スキルを習得する。[強酸液]が[粘着酸]に派生し、敵のAGI(敏捷)を大幅に低下させ、足止めする能力を得る。天井からの奇襲を得意とする。
♢ ♢ ♢
(どっちも強そうだ……!)
純粋な殺傷力と永続デバフによる崩しを狙うならコロシブ。
隠密からの足止めと、いやらしい罠としての役割を極めるならトラッパー。
(だが、今のこの盤面で、一番役に立つのは──!)
(奇襲ならブラッド・ストーカーがいる。罠ならコボルトたちがいる。なら、今ここで必要なのは、C級冒険者の小賢しい耐性や陣形ごと溶かして崩す、圧倒的なデバフの力だ!)
俺は迷いなく、脳裏のパネルで選択を確定させた。
(ここは──[R] コロシブ・センチピードだ……! 進化しろ!)
俺の意志と共に、対象とした[N]アシッド・センチピードへDPが一気に注ぎ込まれる。
消費DP:2000!
[DP: 40,000] → [DP: 38,000]
その瞬間、洞窟の天井に張り付いていたアシッド・センチピードの巨体が、泥濘の広間を照らし出すほどの強烈で禍々しい緑色の光に包まれた。
「な、なんだ……!?」
「こいつ、戦闘中に進化しやがるのか……!? まずい、完全に形になる前に殺せ!」
Cランクの冒険者が顔を引きつらせて叫び、魔法使いが慌てて杖を向けて詠唱を始めようとする。
だが──もう遅い……!
バチバチと魔力が弾け、光が泥の飛沫と共に霧散する。
そこから姿を現したのは、先ほどまでの緑色の甲殻とは全く異なる、赤黒く変色し、一回りも二回りも巨大化した禍々しい威容だった。
「ギシャァァァァァァッ!!!」
天井から冒険者たちを見下ろし、鼓膜を裂くような咆哮を上げる。
体表からは絶えず緑がかった有毒なガスが立ち昇り、周囲の土壁や天井の岩すらも、ジュウジュウと音を立てて溶かし始めていた。
(すげぇ……! これがRランクの百足!)
俺は興奮気味に、進化したばかりの新たな戦力のステータスを表示させた。
♢ ♢ ♢
名前: コロシブ・センチピード
レアリティ: [R] レア (進化種)
種別: 戦闘・弱体化用魔物
Lv: 15 HP: 320/320 | MP: 150/150
STR (筋力): 25
VIT (体力): 45
AGI (敏捷): 15
INT (知力): 18
特技
[強酸液 (Lv.3)]: MPを消費し、より強力な酸性の液体を吐きかけ装備品に深刻なダメージを与える。
[酸性外皮 (Lv.1)]: (常時発動)体表を覆う酸の粘液が、物理攻撃を行った武器を低確率で[腐食]させ、耐久度を低下させる。
[壁面移動 (Lv.1)]: 壁や天井を自由に移動できる。
進化先
[SR] カタストロフ・センチピード
酸の力を極め、災害そのものと化した巨大な大百足。[酸のオーラ]がフロア全体を覆う腐食の領域へと進化し、同じ階層にいる全敵のVITと防具の耐久値を自動的に削り続ける。
[SR] メルト・フォートレス
VIT(体力)が極限まで上昇し、自身の外殻を超高濃度の酸でコーティングする防衛特化種。[腐食液]が防御スキルへと転用され、[溶解装甲]を習得。近接攻撃を仕掛けた敵の武器を触れた瞬間に溶かし破壊する、難攻不落の歩く溶解炉となる。
♢ ♢ ♢




