十四話 裁きと選定
海神様が姿を現した瞬間、どこからか分厚い雲が発生して空を覆った。
辺りが一気に薄暗くなって、皆の活気の無い表情や村全体の静けさが浮き彫りになる。
サエコおばあちゃんはハッと息をのむと、慌てたように駆け足で皆のところに戻っていった。
「皆、何ボサッとしてんだいっ!
あそこにいらっしゃるのは海神様だよ!頭を下げな!」
村人達はおばあちゃんの言葉を聞いて、弾かれたように慌てて従う。
その間にディランさんが私の側まで泳いできて、静かに声をかけてきた。
「驚かせてすまない。あと少し待っていてほしい」
「何を待つんですか?それに、私達の村はどうなるんですか?
このまま唄が歌われずに村が無くなるなんてことは――」
そこまで言って、私は言葉を失った。
視界の奥――ディランさんの背後から海神様がゆっくりと私に向かって進んできている。
圧倒的な存在感と威圧感に私の喉からヒュッと音がなった。
――私、やっぱり死んじゃうの!?
海神様は私に顔を向けると大きく息を吸い込んだ。
ギュッと目を瞑った瞬間、強風が私を中心に円を描くように吹き荒れる。
波が打ち上がり、耳元でビュウビュウと音が鳴った。
ようやく風がおさまっておそるおそる目を開けると、海神様が私に背を向けてゆっくりと再び村人達の正面に移動しているところだった。
「…………生きてる?」
実感がわかなくて、震える手のひらを見つめることしかできなかった。
すると、側で佇んでいたディランさんが口を開く。
「海神様は他者の生命を奪うことはされない。
今の行動は、君の体を乾かしただけだ」
「え?……あ、本当だ……」
ディランさんに指摘されて初めて気づいた。
冷たかった服や湿っていた髪は、すっかり乾ききっている。
「でもどうして……」
「海神様は寛大な御方なのだ。
それに、君のことは事前に伝えていた」
「それで、村はどうなるんですか?まさかこのまま――」
「君は続いてほしいのか?この村が」
淡い紫の双瞳で見つめられて、小さく口を開けたまま固まる。
「私は、相応の罰を受けるべきだと考えている。
理由はあれど、同族を捧げるという愚行をしたのだからな」
「私達はまだ生きています。それに今更別の場所で生活をしろ、なんて言われて受け入れられる人が何人いるか……」
「…………。優しいな、君は。
酷い目に合わせた同族のことを心配しているとは」
――確かにそう。私は死にかけた。
でも、幼い時に両親を失った私をずっと育ててくれた。
そう考えると、やっぱり村はなくなってほしくない。
私はディランさんを見つめ返すと、ゆっくりと口を開く。
「この村を、続けさせたいです」
「……そうか」
ディランさんは短く呟いて海神様の側まで泳ぐと、真剣な顔で何かを訴え始めた。海神様はディランさんの方に顔を向けて静かに聞いている。
――納得してくれたように見えたけど、反対してるの?
もしかして、唄を歌わないって言ってる?
さっきかなり怒ってたし
瞳孔が細くなったディランさんの姿を思い出して、体がブルリと震える。
チラリと皆の様子を伺ってみると、サエコおばあちゃんを含めて、全員頭を下げたままだった。
海神様の圧なのかどうかはわからないけれど、誰も動こうとしないのが逆に不気味に映る。
ディランさんの訴えを聞き終えた海神様は、ゆっくりと体の向きを正面に戻した。
「……試す」
声というよりは、海そのものが震えているような響きだった。
そして、海面を割ることもなくその巨体は静かに沈み、やがて影すら見えなくなった。
だけど、誰一人として顔を上げようとしなかった。
次回で最終話です。
(3月末までに投稿予定です)




