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リオナと約束の唄  作者: 月森 かれん


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十三話 約束と代償

 縄で縛られたままなので身じろぎもできず、どんどん海中に沈んでゆく。

水も冷たく、鼻から水が入り息もできない。


 ――私、このまま死ぬの?

まだキヨに謝れていないのに


 後悔が頭を支配する。

生贄にされて死ぬぐらいなら、キヨに全部話しておけばよかった。


 ふと、力強い腕に体を支えられて海面に引き上げられた。

顔が海面に出たと同時に、口に詰められていた布を引き抜かれる。


 「ゴホッ……ゴホッ!」


 体に入り込んだ水と、必死にとりいれた空気がぶつかって激しく咳き込んだ。

 その直後、視界が明るくなって縄が解け、耳に優しい声が響いた。

 

 「無事か?」

   

 「ゴホッ……ディランさん……」


 ディランさんが顔を覗き込んできた。

相変わらず紫色の双眼は澄んでいて、見ているとだんだん落ち着いてくる。 


 「リオナ!!」


 「リオナちゃん!……と、隣の方は……」 


 キヨとサエコおばあちゃんを先頭にゾロゾロと明け方の浜辺に集まってきた。

私を見て安心した表情を見せたけど、隣にいるディランさんに気づくと指差し、口々に叫んだ。 


 「海に、浮いている!?」


 「もしかして、あれがマーフォークなのか!?」


 騒ぎ出す村人達の声を聞いて、ディランさんは顔を上げた。

そしてスッと瞳孔を細くして彼等を睨みつける。


 ――怖いっ!こんな目のディランさん、見たことないっ!


 一気に人の物ではなくなった目に、私はヒュッと声を漏らした。


 「これはいったい何の儀式だ!?我等は生身の人間の捧げなどいらぬ!!」


 すると村長さんが先頭に飛び出した。

その顔は興奮と焦りが入り交ざっていて、人の顔とは思えないほど歪んでいた。


 「マーフォーク!

どうか海の荒れを止めてくれないか!?

このままでは我々は滅びてしまう!」


 村長の懇願を聞いたディランさんは、呆れたように小さく息を吐いた。

それから私を抱えたまま浅瀬まで泳ぎ、近くの岩場にそっと座らせてくれる。 

いつものように瞳孔を元に戻して、優しい顔で声をかけてきた。


 「少し待っていてくれ。話をつけなければならない」


 「待つ?それに話って?」


 尋ねても、ディランさんは薄く微笑んだだけだった。



 ディランさんは私に背中を向けると、濃青の髪を揺らしながら村長の近くまで泳いでいった。

そして再び瞳孔を細くすると、叫ぶ。


 「自らの使命も忘れ、乞うとは愚かな!

そのような者達に海は渡さぬ!」


 「そこを何とか!このままでは――」


 「黙れ!

 村を救うためとはいえ同胞を犠牲にしようとしたこと。

私は激しい怒りを覚えている!

 人間とは助け合って生きていく生物ではなかったのか!?

いつから低俗に成り下がった!?」


 ディランさんに詰められて、村長さんは青い顔をしてガックリと膝をついた。

その間にサエコおばあちゃんが後ろにいたキイチさんに目配せして、村長さんを後方へ下げさせる。

 サエコおばあちゃんは真剣な表情で膝をつくと、ディランさんに話しかけた。

 

 「マーフォーク様。

村長の無礼をどうかお許しください。あの者は正気を失っているのです」


 「…………。

それで私の怒りが収まると思うか?」


 「いいえ、思っておりませぬ。

大変恐縮ですが、どうか私の話を聞いてくださらぬか。

村とあなた方の間で取り交わされている約束について……」


 約束という言葉を聞いたディランさんの目が元に戻った。

だけどまだ表情は険しく、背筋をピンと伸ばして頭を下げているおばあちゃんを睨んでいる。


 「確かに数十年前、わが村とあなた方の間には約束がありました。

わが村が月に一度供物を捧げるかわりに、あなた方が唄を歌い、海を鎮めてくれると」 


 「それを忘れたのはお前達だろう」


 「仰る通りです……」


 サエコおばあちゃんはさらに頭を下げた。後ろでひとつ結びにしている白髪が砂浜についても、気にする素振りも見せていない。


 「今日からでも!いや今からでも!供物を用意いたしますので、

どうか海を鎮めてくださいませんか!?」


 全く頭を上げずに言い切ったおばあちゃんを見て、ディランさんは眉をひそめる。


 「…………。

今から供物を用意するのは無理があるのではないか?

だから、仲間を一人犠牲にしようとしたのだろう!?」


 ディランさんの言葉に、黙って聞いていた村人達も気まずそうに顔を逸らした。

 静寂が場を包んで、波の音だけが響いている。


 「…………。

 誰も答えぬか。ならば、この話は終わりだ。

海神様からも許可を頂いている。

村人達が暴挙に出て、それを正す気がないのであれば、約束を取り消せ、と」


 「そ、そんな……」


 皆が一斉に顔をディランさんに向ける。


 私はまだ頭痛が響く中、考えを巡らせた。


 ――このままじゃ本当に唄が途絶えちゃう!

でもどうしたらディランさんを納得させられるんだろう……


 おばあちゃんの説得にも、心を動かされた様子はなかった。

生半可な言葉じゃ考えを変えてくれないだろう。


 「話はつけてきたが……」


 いきなり聞こえてきた声にハッと顔を上げると、目の前にディランさんの姿があった。

私が考え込んでいる間に、ここまで泳いできたみたいだ。


 「ディランさん……」


 「君にとっては辛い結果になるだろう。

だが、海神様の意志でもあるのだ」


 「あの、確かに皆のしようとしたことは悪いことだと思います。

でも本当に追い詰められてて……。ディランさんも言っていたじゃないですか。『判断力の落ちた生物は何をするかわからない』って」


 「……………………」


 ディランさんの双眼が私を捉える。


 「先ほど老婆も言っていたな。『正気ではない』と。

だが、それで片付けて良いのか?正気ではなかったら、何をしても許されるのか?」


 「それは……違うと思います。

でもっ、私はこの村が大好きなんです!

一人になってしまった私を皆で育てくれてっ!」


 「君を生贄に選んだとしてもか!?」


 ディランさんの鋭い声に、私はビクリと肩を震わせた。

また、瞳孔が細くなりかけている。

どうやら感情的になると、細くなるみたいだ。


 「なら、どうしたら良いんですか?

どうしたら、納得してくれるんですか?」


 ディランさんはいつもの瞳に戻ると、少し考え込んだ。

それから顔を上げて、私をまっすぐ見つめる。


 「海神様に報告してくる。

少し待っていてくれ」


 「え?ディランさん!?」


 私の言葉も聞かずに、ディランさんは海に潜っていった。


 ――海神様に報告って……。

このまま戻ってこないとかないよね?


 ディランさんを信じたかったけど、不安は消えてくれない。

先程の、私に向けられた細い瞳孔を思い出して身震いする。



 

 「リオナちゃん……大丈夫かい?」


 振り向くと、すぐ側の浜辺にサエコおばあちゃんが立っていた。

でも白髪はボサボサで、表情には活気がない。


 「は、はい……。どうにか。

おばあちゃんは?」


 「行動力を根こそぎ奪われた気分だよ……。でも、マーフォークの言葉は間違いではないのさ。

これからどうなっちまうんだい……」


 「私、ディランさんに頼んでみたんです。

そしたら、海神様に報告してくるって言って潜っちゃって……」


 「海神様!?海神様の御尊顔を拝見できるかもしれないのかい!?」


 おばあちゃんの黒目が見開かれる。

一気に活気が戻ったみたいで、困惑した。


 「お、おばあちゃん――」


 その時。

 波が不自然にうねって、海の中央が大きく盛りあがった。

徐々に波がせり上がり、巨大な水柱に変わる。

その奥に黒い影が見えた。


 波が落ちきって現れたのは、灯台ほどもある巨体に、立派な白髭。

そして引き締められた青い双眼。

 

 姿を見たことはない。

それでも、誰もが海神様だと理解した。

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