最終話 少しずつ前へ
それから七日後。
夜、いつもの岩場で私はディランさんの歌声に聴き入っていた。
あの日――海神様が「試す」と仰られてから。
再び夜ごと唄が響くようになって、荒れ狂っていた海は嘘のように静まった。
灯台下の祠は建て直されて、毎日ささやかな供え物が置かれている。
どうして私とディランさんがここにいるかというと――。
海神様の命令で、ディランさんは村の監視、私は状況を報告するという役目を仰せつかったからだ。
ディランさんはふと歌うのをやめると、私に向き直る。
「村は順調か……?」
「なんとか。
ディランさんがまた歌ってくれているおかげで漁に出られるようになりましたし、市場にも活気が出てきて、皆の顔も少しずつ明るくなっています」
皆には相変わらず不気味な声にしか聞こえないみたいだけど、誰もそれについて口にしなくなった。
言葉にしなくても、大事な声だということが今回の件でわかったみたいだった。
村長さんはディランさんに詰められた影響で抜け殻のようになってしまい、
療養を兼ねて遠くの地へ家族と引っ越した。
そして、新しい村長にはキイチさんが選ばれた。
本人は「俺なんか柄じゃねぇよ」って言ってるけど、気さくで決断力がある、
という点から満場一致だった。
皆は、相談事がある時だけキイチさんを村長と呼んで、それ以外は宿屋兼食堂のおいちゃん、として今まで通り接している。
エイコさんの旦那さんは、翌日に帰ってきた。
舟が転覆した後しばらく荒波に揉まれ、たまたま近くに浮かんでいた太い丸太にしがみついて漂流していたらしい。
少し痩せ細っていたけど、命に別状はなかった。
皆、奇跡だって言っていたけど、私は海神様かマーフォーク達がこっそり救ってくれたのではないかと思っている。
「それより、歌うのやめて大丈夫なんですか?」
「ああ。この唄は日が昇るまでに歌い終えれば良い。
普段、休まずに歌っても余裕があるからな」
私とディランさんが夜に会っていることは皆知っているけど、役目が関わっているからか、誰も尋ねてこなかった。
恥ずかしさもあるけど、前のようにコソコソとする必要がなくなったのは嬉しい。
キヨとも無事に和解できた。
私が生贄にされようとしている時、咄嗟に庇ってくれたことにお礼を言って、隠し事をしていたことを謝罪した。
キヨは笑って「あの時は気づいたら体が勝手に動いてて……。まだわだかまりはあったんだけど、リオナには生きててほしいって気持ちがあることは確信したんだ」って言ってくれた。
それから少し気まずそうに目を逸らして、
「それに、あの時マーフォークと会っている、なんて言われても信じられなかったと思う。ごめんね、私の方こそ酷いこと言っちゃって……」と続けた。
それからお互いに謝り倒して――気づけば、どちらからともなく笑いだしていた。
そんなことを思い出していると、ディランさんが私をジッと見つめていることに気づいた。
特に意味はないのだろうけど、慌てて口を開く。
「私……またこうしてディランさんと会えるようになって嬉しいです」
「……私も予想外だった。縁というものなのかもしれないな」
ディランさんが少しだけ口元を緩めた。
だけど、まだお試し期間。
私達が少しでも反感の素振りを見せれば、今度こそ唄は完全に途絶える。
この村を途絶えさせないためにも、私達は約束を忘れてはいけない。
波は今夜も穏やかに揺れている。




