20. 白黒つけ……ません
配信に映るのは仮面と技術。
「あ、起きてた。おねーちゃん」
部屋に戻ると、ベッドの上ではユウトとミナがタブレットを抱えて並んで座っていた。
どうやら、眠れなかったらしい。
「これ……今日の動画。編集してみたんだよ」
ミナが照れたように差し出してきたのは、いつものダンジョン配信のハイライト編集。再生すると、視聴者向けにキャプションや効果音が追加されていて、インゲンの戦闘とイーブンの立ち回りがテンポよく切り替わっていく。
「……すごい、上手になったね」
思わず本音がこぼれた。
構図、ズーム、SE──どれも“視聴者が盛り上がるポイント”をよく押さえている。
「だって、おねーちゃんが教えてくれたじゃん」
「視線と動きは合わせるとカッコよくなるって」
──そう言ったのは、たしか数週間前。
あたしは思わず、小さく息を呑んだ。
そこに映っていたのは、今のイーブン。
でもそれは……過去に見た誰かと、まったく同じ動きだった。
◇ ▲ ☆ ▲ ◇
動画の途中。
イーブンが背中越しに自分をかばいながらM29を撃った、あの瞬間。
画面の切り抜きに、弟妹が自動でつけたテロップが浮かんでいた。
【#パンダさんの決めポーズ】
【#おねーちゃんの笑顔守るマン】
「これ……昔、パパとコラボしたときと同じ構図じゃない……?」
思わず、別のタブレットを引き寄せ、データストレージに保存してあった鉄狼との過去コラボの記録を開く。
少し昔の自分──青い鳥の姿。
そして、横に並ぶ大きな影。
タイミング、視線の誘導、避け方……そして、M29のトリガーを引く角度までもが──同じだった。
「そんな、わけ……ないでしょ……」
口に出して否定したはずなのに、手が震えていた。
「でも……」
インゲンは、弟妹の方に視線を向ける。
「ねぇ……パンダさんって、どこかで会ったこと、ある?」
ミナがこくんと頷いた。
「うん。こないだ、おかーさんと一緒に買い物行く途中で会ったよ」
「パパだって言ったら、仮面の人、すごくびっくりしてたの」
ユウトが無邪気に笑う。
だけど、あたしの胸の奥には、冷たい針が落ちたようだった。
(……もし、本当にパパだったら。あたし……なんて声をかければいいの?)
仮面の奥。
パンダさんの正体に近づくたび、あたしは不思議と──泣きそうになる。
けれど、今はまだ、確かめられない。
ただ、画面の中で映るその姿を見つめながら、そっと息を吐いた。
◇ ▲ ☆ ▲ ◇
台所から漂うチキンシチューの匂いが、食卓にいる家族の空気を和らげていた。
「おかーさん、おとーさん、これ見て!」
美菜が、誇らしげに編集した動画をリビングのモニターに映し出す。
「こないだのおねーちゃんの配信。わたしたちで、かっこよく編集してみたの」
「BGMのタイミングとか、ボクが合わせたんだよ」
優翔も得意げに続ける。
映像が再生され、ダンジョン内でのインゲンとイーブンの連携戦闘シーンが流れた。
カメラアングル、SE、字幕、どれもテンポよく編集されていて、大人が見ても見応えがある。
「へぇ……これはすごいわね」
挾間美沙が、思わず声を漏らす。
「確かに、すごく見やすい。プロが手を入れたみたいだ」
挾間優真も素直に頷き、ソファから身を乗り出す。
二人の表情には確かな驚きと、わが子への誇りが浮かんでいた。
だが──
画面の中で、仮面の男──イーブンが、インゲンを背中でかばい、跳躍と同時にマグナムを撃ち込む場面に差し掛かると。
「……」
美沙の手が、リモコンにすっと伸びた。
パチン、と音を立てて画面が暗転する。
「──さ、ごはんにしましょ。冷めちゃうから」
そう言う彼女の声には、かすかに張り詰めたものがあった。
「えっ、まだ途中……」
美菜が抗議しかけたが、
「あとでね。ね?
今は、ごはんが大事」
美沙は微笑みながらも、決して目を合わせなかった。
優真も、曖昧な笑みのまま、画面から視線を逸らしている。
(……やっぱり、気づいてるんだ)
インゲンの背筋に、かすかな緊張が走る。
仮面の奥にいるのが、あの鉄狼であることを。
そして、その正体が──
「パンダさん、やっぱりパパ……だよね」
誰ともなく、美菜がぽつりと呟いた。
美沙の手が、ほんのわずか、テーブルの端を握りしめたのを、インゲンは見逃さなかった。
◇ ▲ ☆ ▲ ◇
「はいはーい、今日も元気に地味探索。なんでこう、面白ギミックは軒並み未配置なんだ……」
軽くぼやきながら、俺は段差の多い迷宮の通路を進んでいた。
隣に誰もいないコラボ後のソロ配信は、テンションを一定に保つのが地味に難しい。
そんなとき、パンダセンサーのHUDがぴこんと点滅した。
【NeoTask社:中村主任からの着信】
「ん……主任?
あれ、中村さん出世してる」
苦笑しながら仮面越しに音声をONにする。
「こちらイーブン、今配信中ですけど、どうしました?
あ、それはそれとして昇進おめでとうございます」
『あ、すみません!
短く済ませますので。というか、貴方のおかげで主任になっちゃいまして』
「おめでとうございます。……で?」
『技術部の方で、ちょっとだけ、どうしても確認したいことがあるらしくて』
「いや、それはさすがに……コンプラ的にヤバいでしょ、配信中に技術機密って」
『その通りなんですけど、質問内容だけ聞いてもらえませんか?
今は背景ギミックしか写ってませんし……』
「仕方ないな……」
一拍置いて、通信が別回線に切り替わる。
音声の接続先が「NeoTask技術課」になった。
『えっと、突然すみません。技術担当の浜口と申します』
「どーも、イーブンです。パンダやってます」
『……えっと、その、提出されてる技術特許の「図4」なんですが、
あれって“特許でよくある、変形図”ですか?あるあるってやつ』
「図4……ああ、あれ。AからBはともかくそれ以外って事ですね。
いや、あれ、全部いちいちですよ」
『いちいち……まさか図面通りに?』
「はい、変形とかじゃなくて、全部。
あれ、Bの状態で一発で起こして展開して、最後だけ瞬間的に畳むんです。
……わざと図だと裏方向からこっちに」
『……なるほど!!』
通信の向こうで「マジか」「そんな小技、思いつかないよ」「やっぱ天才枠だわ」と声が上がるのが聞こえる。
『では、配信終わった後で、社内のWEBミーティングにお付き合いいただけますか?』
「もちろん。ただ、その辺の情報は公開NGですよ。俺、ただのパンダですから」
『了解です、ありがとうございました!』
通信が切れる。
HUDが通常のコメント欄に戻ると──
案の定、リスナーが大騒ぎになっていた。
『#まさかの主任昇進おめw』
『あの質問内容、どう聞いても本人やん』
『#イーブン技術勢確定説』
『誰だよこの仮面、配信技術者じゃなくて、開発陣のラスボスじゃねーか!』
『#天才パンダ降臨』
『もう本業配信者とか言っても信じねぇぞwww』
「いやいや、冗談やめよう?
パンダはパンダですよ?」
俺は手を振って画面を誤魔化す。
◇ ▲ ☆ ▲ ◇
配信を終えたあと、軽く伸びをしてから、仮面を外す。
パンダセンサーのモニターが名残惜しげに瞬きを返してきた。
まるで「今日もお疲れ」とでも言いたげに。
その時だった。HUDの通知が再び点滅する。
【NeoTask社:中村主任】
「はいはい……主任さん、どうもどうも。今度は何のご用件で?」
通話をつなぐと、そこにはいつもの笑顔──だが、どこか気まずそうな中村氏の姿があった。
『イーブンさん、配信お疲れ様です。いや、ちょっとお詫びと言いますか』
「ん?」
『さっきの配信中の技術者との会話──あれ、社内でちょっと問題になりまして』
「あ、やっぱりマズかった感じですか……」
中村氏が苦笑する。
『コンプライアンス部門から、“今回は一応問題無い範囲だったんで注意だけにしますけど、今後は配信中の技術的内容への応答は避けてください”と連絡がありました』
「まあ、そうなりますよね……すみません、俺もちょっと乗っかっちゃいましたし」
『いえ、責任はこちらにもあります。
……で、ですね』
中村氏がややバツの悪そうな顔で、手元のスマホを見せる。
そこには、視聴者コメントの切り抜きタグが並んでいた。
【#中村主任】
【#主任昇任おめ】
【#仮面越しでも信頼】
【#ガチ技術勢と信頼の取引】
「……なんだこれ。俺よりタグ多くないですか」
『僕も驚いてます。“主任タグ=社内昇格フラグって、現実化するとは”って言われてましたけど……本当にタグで昇進扱いされるとは』
「おめでとうございます、主任」
『やめてください、後輩たちが“イーブンの影響力で主任昇進”とか“パンダ人事”ってイジってくるんですから……!』
「そっちもいじられてんじゃねーか!」
二人で軽く笑ったあと、少しだけ空気が落ち着く。
俺はマグカップに手を伸ばしながら、ふと静かに言葉を続けた。
「それでも……ありがたいです。仮面越しでも、信頼してくれるなら」
中村氏は真面目な表情で頷いた。
『信頼してますよ。だから、あの素材も、特許も。責任を持って処理します』
「0.5%でいいって言った手前……あんまり大きく稼がないでくださいね? 本業がこっちになっちゃいますから」
『その心配は……まあ、僕らのほうでなんとか』
通信が切れる。
その画面の向こうには、再びコメントが湧き上がっていた。
【#主任と仮面の信頼】
【#パンダ技術商談】
【#次は副社長タグ?】
【#鉄狼(仮)×中村主任】
「……なんだこのタグ合戦」
俺は深くため息をつきながらも、どこか頬が緩んでいるのを自覚した。
パンダセンサーが、白黒の瞳を「ぱちぱち」と瞬かせる。
「ったく……お前までノってんじゃねーよ」
仮面を手に取ると、鏡越しの自分の目が、わずかに緩んだ表情をしていた。
──仮面の奥でも、ちゃんと笑える日が、少しずつ増えてきた。
◇ ▲ ☆ ▲ ◇
──インゲン視点──
「……パパ、バカっ」
こめかみに湯気が立ち上りそうな勢いでソファに沈み込みながら、膝を抱えた。
「パパって言っちゃったし……っていうか、あの人パパだし……!」
頭がぐるぐる回る。熱も出そう。
でも、ふと気づいてしまう。
「……血、つながってないよね?」
そしてその瞬間。
「よし、コラボ配信だ。次は……そう、ゴスロリデビュー戦!」
弟と妹が寝ているとは思えないテンションで、スマホを握るインゲンの目は、なぜか決意に満ちていた。
【#親子でコスプレデビュー?】
【#ヒロイン暴走中】
【#見守る弟妹は何を思う】
数日後の配信がエラいことなるのは、想像に難くなかった。
【To be continued】
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