21. いろいろな導火線
ゴスロリパンダ姿での地方ダンジョン探索。
──インゲン視点──
朝食の片づけを終えて、タブレットでニュースを流しながらソファに腰を下ろしていると、弟と妹の元気な声が飛んできた。
「ねー、おねーちゃん! 次のコラボいつ? またパンダさんと一緒のが見たい!」
「うん! 今度はさ、パンダさんとおそろいの衣装で出てほしい!」
「ぶふっ……!」
口にしていたミルクティーを盛大に吹きそうになり、慌てて口元を押さえる。
やめて、そのワード。今はホントにタイムリーすぎてダメ。
(そ、そういえば──)
頭に浮かんだのは、昨晩の記憶。
配信後、なんとなくネットをぼんやり見ていたら“【配信可能】ゴスロリ衣装完全セット”なるものに出くわし、妙なテンションで──
(ぽちった……!?)
あわててスマホを開いて購入履歴を確認する。
祈るような気持ちで「キャンセル可能」ボタンを探すが──
【発送準備中】
……もう、無理だ。
(なにやってんの、あたし……っ!!)
冷や汗を流しながらスマホを閉じたタイミングで、妹の美菜がにっこり笑った。
「じゃあ、おねーちゃんがソロでも、コラボ風に編集してあげるね!」
「うん! タグも盛っとく!」
「い、いや、べ、べつに無理にそういう方向にしなくても……」
苦笑しながら応えると、ふたりは元気に「任せてー!」と部屋に戻っていった。
置いていかれたインゲンは、脱力したようにクッションに倒れこむ。
(──ソロだって言ってるのに……)
そして、ふと想像してしまう。
白黒フリルの衣装を着て、パンダセンサーをつけたまま、配信枠に映る自分。
(……やば、無理、ほんと無理……)
それでも、ちょっとだけ。
タグ欄に『#おそろいコラボ』なんて並ぶ未来を想像して──
クッションに顔を埋めたまま、インゲンはしばらく動けなかった。
☆ ◆ ▽ ◆ ☆
──挾間家:リビング──
「ねー、おかーさん。これ見てー!」
「おとーさんもこっち来てー!」
美菜と優翔が並べたタブレットの画面には、いつものように編集された配信動画が再生されていた。
場面は、昨日のイーブンの戦闘シーン。
パンダセンサーを装備した白黒フリルの姿が、滑るような動きで敵を翻弄している。
その隣でインゲンが援護射撃──ではなく、的確なタクティカルポジションからFA-MASでカバーリング。
二人の動きがぴたりと噛み合い、コメント欄も盛り上がっている。
『#親子コラボが板に付きすぎ』
『#訓練されすぎな娘』
『#これは血の記憶』
「……これは、うまく編集できてるわね」
美沙が思わず感嘆の声を漏らすと、隣で優真も頷いた。
「ほんとに。なんだかんだで、あのふたりの連携は見応えあるよなあ……
え、ひょっとしてお前たちが編集したのか?」
「うんっ!」
「タグもぜんぶ自分たちで選んだの!」
「すごいじゃない……ええと、インゲンと……その……」
美沙が言いかけて、ふっと言葉を切る。
画面には、仮面の下からマグナムを構えるイーブンと、その背後でサポートするインゲン。
その光景に、彼女の笑顔が少し曇った。
「……あの人、やっぱり昔からそういうの、得意だったわね」
「え、誰のこと?」
美沙のつぶやきに、思わず優真が聞き返す。
「ああ……その、インゲンよ。私たちの……」
言いかけて、美沙ははっと口を押さえた。
「え、え? 今、なんて──」
「ち、違うの、別にそういう意味じゃ──」
優真は美沙をじっと見つめると、話題を変えるべく質問する。
「……そういやさ。お前、前に言ってたよな。昔、離婚した相手がダンジョン探索者だったって」
「ええ……まあ。あの人、今はもういないと思ってたけど……」
「まさか……鉄狼じゃないよな?」
「ちがっ──いや、でも……多分……ううん、わかんない……」
二人の会話が途切れたタイミングで、ちょうど画面の中のイーブンとインゲンが、ぴたりと呼吸を合わせて同時に敵を撃破する場面が映し出された。
シュバッ──と文字が走る。
『#DNAレベルで連携してる説』
無邪気なタグに、美沙が顔をしかめた。
「……そろそろご飯にしましょう。これ、止めて」
「あれ? でも今、いいところ──」
「止めて。すぐに」
美沙の声が少し強くなった。
子どもたちは驚いたように顔を見合わせたが、素直に再生を停止した。
「……ごめん、お仕事忙しくて、ママちょっと疲れてるのよ」
「……うん」
リビングに静寂が落ちる。
それを破ったのは、冷蔵庫の自動音声だった。
『冷蔵庫の開閉が五分以上続いています』
「……ああもう、ほんとに何なのよ……」
美沙は溜息をつきながら、キッチンへと立ち去っていった。
残された優真は、画面に一時停止されたイーブンの姿を見つめながら──
「まさかな……」と、呟いた。
☆ ◆ ▽ ◆ ☆
「今日も、行ってきます──ってな」
通信の確認とセンサー系の起動を終え、俺はいつも通りにダンジョンへと足を踏み入れた。
周囲の反応音やコンクリート質の床材からして、この区画は再利用型都市構造──比較的古い層だ。
画面の隅、コメント欄には馴染みのタグが流れている。
『#今日もパンダが跳ぶ』
『#ゴスロリ無双』
『#イーブン式マグナム芸』
『#主任タグまだ?』
……まあ、いつも通りのテンションだ。
けれど──今日は、ほんの少しだけ、何かが違った。
いつもより軽いノリの出だしだったからだろうか?
マガジンチェック、装備点検、パンダセンサーの動作確認。
一通り終えたはずなのに、どこか指先がしっくりこない。
「……ふぅ」
ゴスロリ衣装の袖を揺らしながら、俺は薄暗い通路を進む。
跳ねたフリルと視界に映るセンサーのエッジは、映える演出としても優秀だ。
だが──それでも、どこか“ズレ”を感じる。
視界の奥、影が動いた。
「っと……出るか」
廃棄された駅構内のような空間。
コンクリ片の影から、蛇腹状の脚部を持つマルチレッグ・クラブが姿を現した。
高い機動力と、しつこい追跡アルゴリズムを持つ中型タイプ。
「ま、ちょうどいい」
俺は、今の違和感が何なのか確かめるように、いつもより一歩深く踏み込んだ。
滑る。跳ねる。反動で捻り、カバーへ転がり込む。
パンダセンサーが軌道予測を示すが、そちらを無視して本能的なタイミングで反撃。
──パン、パンパン!
MP5から放たれた三点バーストは、正確に敵の脚関節へと吸い込まれていった。
「……うん、悪くない。悪くはないんだけど──」
敵を仕留めてなお、胸の奥がざわついていた。
(あの頃なら……もっと、スッと動けてた気がする)
無意識に仮面を指先で押さえる。
配信者としての仮面。仮面の下の“俺”が、何かを訴えかけていた。
「……装備、変えてみるか?」
ぽつりと呟いたその言葉に、コメント欄が即座に反応する。
『え?』
『ゴスロリ引退!?』
『まさかの装備変更フラグ!?』
『#さよならマグナム #新装備期待』
「いや、まだ決めてねえよ。
ってか、マグナムは俺の違うし」
軽く返しながら、俺は装備を見下ろした。
──MP5。定番で信頼できる。だが、重い。
──マグナム。強い。でも、絵面が固定化してるし、今やインゲンのイメージだ。
「……ベレッタでも良いかな?」
思考の波が揺れたそのとき、パンダセンサーの通知音が鳴った。
『着信:NeoTask社 中村主任』
(おっと……今度は、主任さん直々か)
俺は、画面に向かって薄く笑って見せた。
「主任からだから、応対するぞー。
……いい子にしてろよ、リスナー」
そう言って、インゲンの弟と妹から貰った、パンダがアクションするするループ動画を再生する・
コメント欄が草とハートとパンダで埋まっていくのを見ながら、俺は通信ボタンを押した──。
☆ ◆ ▽ ◆ ☆
──挾間 優真 視点──
「ええ、NeoTaskさん側の技術監修には、うちも全面的に協力しますよ。例の素材、話題になってますしね」
都内の落ち着いたカフェラウンジで、挾間優真は商談前の軽い打ち合わせに臨んでいた。
目の前にいるのは、NeoTask社営業部の若手職員。互いにコーヒーを前に、リラックスした雰囲気で雑談を交えていた。
「いやあ、ダンジョン絡みって言っても、あそこまで当たるとは思いませんでしたよ。
うちの嫁の前の旦那が、昔その界隈でちょっと有名だったらしくて」
「へえ?」
「いや、なんとか狼とか呼ばれてたらしいですよ。配信でバズって──あ、いや、自分は詳しくないんですけど。
昔の名前なんで、本名は──うーん、確か嫁さんの旧姓が大神だったかな?」
「……ああ、なんか聞いたことあるような」
「ですよねー。ま、もう離婚してますし。今はうちの娘──あ、いや、娘じゃなくて、連れ子になりますか?
ちょっと複雑ですけどね」
何でもない世間話のつもりだった。
けれど、その何でもない話が、静かに火種になっていくことに、優真はまだ気づいていなかった。
☆ ◆ ▽ ◆ ☆
『イーブンさん。すみません、今少しお時間よろしいですか?』
「配信、今ちょっと落ち着いてるんで、大丈夫ですよ。……何かありました?」
通信越しの中村主任の声は、いつになく真剣だった。
『……実はですね、ちょっと気になる話が耳に入りまして。あくまで噂の段階なんですが……』
数秒の間を置いて、主任が言った。
『──大神鉄也さんが、以前勤めていた会社の関係者が、今回のレリック素材や周辺特許に関して、独自に調査を始めているようです』
「は?」
『表立っては何も動いていないんですが、水面下で過去の契約書や人事記録を洗っているという情報がありまして。……正直、きな臭いです』
通信の向こう、中村氏が資料をめくる音がした。
『今のところ、正式な訴訟や異議申し立てには発展していません。ただ……過去にその会社と関わった方で、鉄也さんに何らかの借りを抱いている人物が動いている可能性があります』
「……やれやれ」
俺は、仮面越しに肩をすくめた。
「ここまで来て、またそれかよ。ったく」
──けれど、俺は苦笑しながら言った。
「ま、いいさ。あの頃とは違う。今は──俺には、味方がいる」
パンダセンサーの白黒の瞳が、タイミングを計ったように一度、ぱちりと瞬いた。
【To be continued】
お読みいただきありがとうございます。
次回、美沙が突然の異動を告げられ、少しずつ動きが。
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