19. パンダ アット トラブル
パンダの仮面が映す過去と家族。
「……以上が、現時点での社内評価となります」
NeoTask社の会議室に、淡々と報告が響く。
並ぶのは財務・法務・知財部門の担当者たち。
テーブルの上には、俺が昨日提出した“レリック素材と未知鉱物を用いたギミック”の解析データと、その使用実績の映像記録が整然と並んでいた。
「性能、コスト、応用可能性、いずれも予測を大幅に上回っています。社内評価としては──”基幹技術に匹敵“と明記されました」
「おかげで、技術部門がいま大騒ぎですよ」
中村氏が、相変わらずの柔和な笑顔で付け加える。
知財部の男が、慎重な口調で切り出した。
「……その上で、知財契約についてですが。今回の件、素材情報は配信内で言及可能な最低限しか公開されていません。守秘義務契約も締結済みで、コンプライアンス的な問題はありません」
「ありがとうございます。視聴者には“NeoTask社製の装備でバズった”くらいしか伝えてませんから、誤解されても宣伝になるレベルです」
「助かります。で……肝心のライセンス契約の条件ですが」
男が書類を開いた。
「通常、同種の技術案件での特許ライセンス料は、売上の3%が業界標準です。今回は中村の裁量で0.5%で進行中とのことですが──」
「ああ、それで構いません」
「……えっ?」
「あの数字、出された時点で受け入れるつもりでしたから」
俺はさらりと答える。
「0.5%で、結構です。中村さんも、みなさんも、信頼してますから」
一瞬、空気が静止した。
中村氏がぽかんとした後、苦笑混じりに言う。
「……いやいや、それ逆に怖いですよ。
ぶっちゃけ、みんな上限の5%以下ををなんとしても死守、って感じだったんですから。
そんな時に。仮面で目が読めないのに、心臓の音だけ伝わってくる感じって、もう」
「安心してください。俺、本業は配信者ですし」
冗談めかして言ってみせると、財務の女性が思わずペンを止めた。
「……この人、交渉のプロじゃないですか?」
会議室内に、微妙な笑いが生まれる。
その空気を崩さずに、俺はひと息おいて言葉を重ねた。
「儲けすぎると、本業がこっちになっちゃいますからね。
……それに、ほら、パンダだけに腹は黒くないんで」
また少し、くすりと笑いが走った。
だがその裏で、中村氏だけは、ごく真剣な声で言葉を返してくれた。
「……では、任せてください。誠実に、処理します」
「ええ。信じてますから」
俺は、ひと口啜る。
その横で、パンダセンサーの白黒の目が、何事もなかったかのように瞬いていた。
▲ △ ▲ △ ▲
──インゲン視点──
目の前の大画面モニターに映るのは、昨日のイーブンの単独配信回。
弟と妹に、パンダさんみたいって強請られて、結局いつものようにソファーを占拠していた。
「わ、出た。パンダパパ”」
「パンダさんと一緒だー」
「おねーちゃん、また出てるー」
「こないだお店で会ったパンダさん!」
「おねーちゃん、また怒ってるー」
「ちがうらしいよ。あれは“仮面のパパ”で、配信では“血に飢えた狼”なんだって」
「えっ、こわ……でも、かっこいい」
弟と妹が食い入るように画面を見つめながら、感想を交わしていた。
「う、うるさいなっ……!」
思わず口を尖らせながら、紅茶のカップを握り直す。
手元が少し、熱かった。
(まさか、ここまでバズるとは……)
インターフェース越しに飛び交うコメントは、未だに《#鉄狼の再来》《#親子疑惑》で埋め尽くされている。
加えて、NeoTask社が【今回の発見物について守秘義務を遵守しつつ、適切な契約と研究環境を整えた】とだけ公式発表したことで、視聴者の間では「やばいもん拾ったらしい」「また伝説始まった」と騒ぎが止まらない。
「パパ、バカって言ってるよ〜」
「バカバカって、言ったのよっ!」
「でもさ、パパが誰かは教えてくれないんでしょ?」
「うん、それはね……」
「でもね……
おねーちゃんは知ってる気がするって、ママが言ってたよ」
妹が少し上目遣いでこっちを見てくる。
「パパってさ、パンダさんのことだよね?」
一瞬、言葉に詰まった。
私が何も言えずにいると、妹が自信たっぷりに言い直す。
「だって、おとーさんはママの旦那さんでしょ?」
「そうそう。おかーさんはママで、おねーちゃんはおねーちゃん」
「で、パパは……仮面のパンダさん♡」
一瞬、呼吸が詰まる。
だが弟が「じゃあ、今度パパの誕生日会しようよ!」と陽気に言い出して、空気がまた緩んだ。
ふたりがニコニコと笑っている。
なぜだか胸があたたかくなった。
私は、マグカップの紅茶をひと口すすった。
その味は、昨日と少し違う気がした。
▲ △ ▲ △ ▲
──配信は終わった。
──交渉も終わった。
……さて、燃え尽きたか?
「やれやれ……油断するとまた“伝説”とか言われる」
モニターで、配信ログをチェックしながら、ため息をつく。
パンダセンサーは机の端で、あいかわらず白黒の目を瞬かせていた。
傍らには中村さんからの報告メモと、NeoTask社の簡易契約書控え。
「特許群と素材研究の件、正式に承認されたか……」
手元の端末には、まだ大神鉄也の名前が出てこない。
あくまで『イーブン名義での配信実績』が主たる記録として扱われている。
「まぁ、いいさ。こっちが仮面、あっちが素顔。どっちも俺だ」
そう思っていた矢先、モニターの通知が騒がしく点滅した。
タグ欄を眺める
『#契約成功』
『#爆益パンダ』
『配信者って技術面の交渉も出来るんだ』
『鉄狼って、実はそっち方面でも伝説だったの?』
『#スーツ姿の中村さんイケオジ』
『#イーブン大人の対応』
『#青い鳥の娘(仮)』
よくみると『#0.5%で億越え説』ネタも浮上していた。
「守秘義務って言ってんのに、よく妄想だけで盛り上がれるよな……」
思わず苦笑する。
「しかし……誰が娘だよ……
“が”ならともかく」
思わず独りごちる。
気がつけばコメント欄が、電気ケトル同様静かに沸騰している。
『#娘を泣かせるな』
『#また怒られるぞ』
『#だから親子じゃねえって』
『#認めないと更に炎上する説』
『#むしろプロポーズしそうな勢い』
『#イーブンは性別超越してるからセーフ』
「……やかましい」
ダージリンの茶葉が入ったポットに、電気ケトルのお湯を注ぎながら、俺は目を細めた。
だが──
胸の奥に残る、あの視線の記憶。
弾倉の匂い、照準の角度、銃口のブレを見て――「やっぱり」と呟いた、あの娘の目。
俺は黙って目を伏せた。
▲ △ ▲ △ ▲
──インゲン視点──
本日二本目の配信も終盤を迎え、あたしは指定された休息所に向かっていた。
最近のダンジョン探索では、個人の判断による休憩が安全上義務づけられていて、こうしてダンジョン内に設けられた一時退避エリアで休息するのが流れになっている。
だけど、まさかそこで──
「……は?」
視界の奥、金属製の簡易ベンチの上で、あの白黒パンダが、カップを傾けていた。
「……あんた、なにしてんのよ」
「んー? そりゃこっちの台詞だが」
イーブンが仮面越しにちらりと視線をよこす。
パンダセンサーの黒いモニターアイが、きょとんとこちらを見ている気がした。
「企業案件終わってから、別ルートでのソロ配信って言ってなかった?」
「そっちこそ。『今日は別エリアだから』って言ってたじゃんか」
「う……まあ、見た目は別だけど、結局あの案件ルート周辺を回ってる感じになっちゃって」
「ま、導線近いしな。バズったルートは真似されやすいんだよ。……俺たちもだけど」
どちらからともなく小さく笑って、インベントリから水分補給用のボトルを取り出す。
ふと気づく。彼の左腕に装着されたギアは、NeoTask社製の試作タイプ。
あたしの右腕のそれと、ベース構造がそっくりだった。
「……あんた、まだそれ使ってるの?」
「うん、パンダセンサーって言ったらこれだろ。
せっかく作ってもらったし、ギミックだけじゃなく配信の演出にも慣れてるしな」
「あたしも。なんだかんだ、わかりやすくて便利。っていうか視聴者も、見た目に食いついてるし」
どこか居心地の悪い沈黙。
でも、どこか安心する沈黙でもあった。
──この距離感。
ちょうどいい。言葉がなくても伝わる。
それが……あたしにとって、どれだけ貴重なことか。
「……なにジロジロ見てんのよ」
「そういや、そのマスク。スカウター型から変えたんだなって」
「ああ、こないだの案件後にNeoTaskが見せてくれたんだけど、なんかデザイン気に入って」
「俺のパンダほどじゃ無いけど、狐とか犬とかに似てるなって。
……いや、狼って言うには可愛いけど」
「それ言うと、コメント欄荒れるぞ」
「違いない」
仮面越しに、視線が合った気がした。
その瞬間、あたしの中に言葉にできない懐かしさがふっと浮かんでくる。
それを意識から追いやるように、あたしは立ち上がってベルトの弾倉を確認した。
「そろそろ行く? 俺はもう少し奥、探索してみるけど」
「あ、その前に弟と妹の動画、ちょっとみない?」
気づけば、言葉も自然になっていた。
そして休息所に設けられたモニターのケーブルに配信用タブレットを繫ぐ。
……いきなりトレンド入りしていた。
となりのパンダも、目こそ見えないが、口をぽかんとあけている。
「……この子達。これで喰っていけるな」
あたしは苦笑するしか無かった。
だが……
「親御さんに似たのかな」と言われた瞬間、硬直してしまった。
【To be continued】
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