エピローグ的なもの
エピローグ的なもの
かくして我が岩城第三高校文芸部は、廃部の危機を免れたというわけだった。しかし平穏が訪れたかといえば、それはまったくの間違いで、
──期限が迫っていたからGOサインを出したけれど、あのシナリオはとても及第点とはいえない。シナリオゲーを追加で渡しておくから二週間以内に全部クリアすること、いいわね? あ、もちろんCGもフルコンプリートしなくちゃダメ。わかった?
九条より課された宿題のせいで、今日もぼくは慢性的な寝不足状態であった。
「どうした、小僧。顔に覇気がねえぞ」
「寝不足なんだ。放っておいてくれ」
洗面台で歯を磨きながら答える。
「そうか、せっかくお前と名雪ちゃんの魅力について語り合おうと思ったのに」
ぼくは口に含んだ水を勢いよく鏡に吐き出した。
「……親父、お前勝手にぼくの部屋はいったろ」
「ああ、はいったさ! そして、勝手にパソコン借りてゲームした! なんか文句あんのかこの野郎!」
どうして非のある人間が、こうも強気な態度にでれるのか。
不思議で仕方がなかった。
「……もう、なんでもいいわ」
「そんなやぶれかぶれのお前にこれを授けよう」
親父は親指を立てながら、ぼくに包み紙を押し付けた。
「なんだこれ」
「もちろん、試作品だ」
「…………」
包みを開けると、さくさくしたパン生地のなかから、賞味期限切れの牛乳を拭き取った濡れ雑巾のような臭いが立ち込める。
「これは?」
口を開くのも億劫だったが聞いてやる。
「レアチーズマヨ酢だこパンだ」
「……酢だこはもうデフォルトなのな」
漆原家のいつも通りの朝だった。
授業終了のチャイムと同時に、文芸部室へ向かう。
いつも通り部室に一番乗りし、九条から借りたエロゲーをPCにインストールさせる。カリカリ音を立ててダウンロードを始めたPCを眺めながら、ブラックコーヒーをすする。
そうしているうちに、九条と河野がやってきて参考書片手に各々作業に没頭しはじめる。
すると、
「……ご、ごめんくださーい」
部室の扉がゆっくりと開き、なかから永田が顔を覗かせた。
「お前、どうしたんだよ」
ぼくは目を丸くして戸口に歩み寄り、永田を部室へ招き入れてやる。
「誰よ。そのロリ巨乳ギャルは」
「……お前、初対面だろ。不躾にも程があるぞ」
永田は部屋の中央まで歩を進めると、意を決したように膝をつき、そのまま床に額をこすりつけはじめた。
「申し訳ございませんでした、申し訳ございませんでした、申し訳ございませんでした、申し訳ございませんでした、申し訳ございませんでした、申し訳ございませんでした、申しございませんでした、申し訳ございませんでした」
申し訳ございませんでしたが、ゲシュタルト崩壊してしまいそうだった。
「……おいやめろ永田。一回落ち着け」
額をガンガン叩きつける永田を、ぼくは必死になって床から引き離す。
「どういうことだ?」と、流石の河野まで驚きを隠せない様子である。
「……それはかくかくしかじかでして」
永田は沈痛とした顔で、自分が事件の首謀者であることを告げた。
「なるほどね」
九条は腕を組み、膝たちになった永田の真正面に立った。
「永田さんだったわね?」
「……ひゃい」
蛇に睨まれた蛙の図である。
「目を閉じてくれる」
「……殴りますか?」
「わたしは、そんな暴力的な真似はしない」
九条の微笑を信じ、そっと永田は目を閉じる。
そして、
「反省しなさい!」
「痛い!」
頬を平手打ちする乾いた音が響いた。
「殴った! こいついまわたしのこと殴った!」
「殴ってはいないわ。叩いただけ。そうでしょう漆原君?」
「あ、ああ、まあ」
問われればそうだと頷くほかないが、言葉のレトリックのようにも感じる。
「……これで許してくれますか?」
「許さないわ」
笑顔で首をふる九条。
「鬼だ」
爽やかな顔をして河野がいう。
「……ど、どうしたら許してくれますか?」
「そうね、それじゃあ、これを音読してくれるかしら?」
九条はPCのアプリケーションを起動させる。ノートパソコンを永田の目の前に差し出して、セーブデータを起動させた。
「ひゃあ!」
顔を紅潮させ、画面から顔を離そうとする永田のあたまを、九条は押さえつけた。
近寄りおそるおそる画面の中身を確認すると、いたいけな少女が、その、なんというか、触手のようなものに好き放題やられている場面だった。
「嫌です! 勘弁してください! 許してください!」
「駄目よ。目を背けないで、はやくテキストを音読しなさい」
時計仕掛けのオレンジのようだった。
「……ら、らめえ。わたしのお●んこいじらないでください」
「もっと、大きな声で!」
「んん、いぐうううううう! 触手お●んぽでわたしいっちゃうううううう!」
ぼくたちは何を見せられているのだろうか。
羞恥に涙さえ浮かべた永田は、九条の手をなんとか逃れ脱兎のごとく駆けだす。
一度だけこちらを振り返ると、
「死ね、九条‼ この陰険乳なし女がー‼」
低レベルな罵詈雑言をのこし、部室を退散した。
「さっきの子、なかなかいい声してたわね」
当の本人は気にする様子をおくびにもださず、何やら不穏な言動さえする始末だった。
「……お前、まさか永田のこと文芸部に引き込むつもりじゃないだろうな」
「こっちは被害者なのよ。それくらい当然の権利だと思うけど」
「賑やかな部活になりそうだな」
河野は眼鏡のふちに手をかけて、やれやれと笑った。
部屋の掃除をしていたら、たまたま卒業文集を見つけた。
小学生時代のものだった。
文集には、みんなの将来の夢が描かれていた。まあ、小学校のころの夢なんて大概はおおげさなもんで、プロ野球選手に宇宙飛行士、アイドルや芸人にプロゲーマー。
あるいは、不動産鑑定士なんてニッチな願望をもつやつもいたりする。なかなか、こいつは見所のあるやつだった。
まあ、あらためて読み返せば、それはほんとうに子供の絵空事のようなものだった。しかし当時のぼくたちはほんとうにその夢が叶うつもりでいた気がする。
ぼくが、その卒業文集にどんな夢を描いたか。
それはぼくが、鬼籍に入るまでひた隠しにしたい事柄である。信頼できる友人がいれば、PCのハードディスクの中身と共に焼却を頼みたい事柄である。
だが、ぼくは語ってみようと思う。
小学生時代のぼくが望んだこと。
がらくたなどではなく、いまもちゃんときらきらと輝いている夢の話を。
文集をぱらぱらとめくる。
そして、すぐにそのページに行き当たる。
そこには小汚い筆致で、しかし誰よりも力強く、こんな夢が描かれていた。
──たいようを、つかむ。
小学校の頃のぼくに会えるならいってやる。
お前の夢に間違いはないと。
それを証明するために、岩城第三高校文芸部は今日も活動する。太陽を目指す。
「──烏合の衆よ、空を飛べ」
とぼくが呟いた。
最後まで読んでいただいた方、ほんとうにありがとうございました。
自分が思ったよりも、多くのひとが目を通してくれていてすごく励みになりました。
今回の小説は、ここで終わりになります。
よければ、改善点や感想など記載してくれるとすごい嬉しいです。
次の作品もちまちま投下していく予定なので、よかったら読んでください。
それじゃあね‼




