その二
起き抜けの九条が、やけに難しそうな顔をしてシナリオに目を通すものだから、こっちは死刑宣告を待つ囚人のような気持ちになってしまう。
やがて九条は原稿をテーブルに置いた。
「どうだ?」
「馬鹿馬鹿しいと思う」
口をあんぐりさせたぼくを見て、なにが可笑しいのか九条は笑う。
「でも、これで行きましょう。これでいいと、わたしは思う」
「ほんとうか?」
「ええ、教頭がどんな顔をするか楽しみだわ」
「よし!」
ぼくはガッツポーズをする。そしてそのまま、シュラフに潜り込む。
「ちょっと、授業はどうするの」
「サボる。寝る。このまま授業受けたらきっとぼくは死ぬ」
「まあ、いいけど」
お疲れ様。
寝入り端に九条の労いの言葉を聞く。珍しいこともあるもんだ、とぼくは思った。そして、意識を失うように、泥のようにべたっと床に倒れると、そのまま丸一日眠り続けた。
そして、ぼくは夢を見た。
空を目指す数羽の鳥の夢だ。
鳥たちの身体は傷だらけで、羽はいまにも千切れ落ちそうだった。
しかし、やつらは勇猛果敢に空を飛んだ。太陽を目指した。
その身体は次第に、太陽の熱に溶かされていく。
羽は黒く焦げ、眼だってまともには見えなくなる。
それでもやはり、鳥たちは太陽を目指した。
その後、やつらがどうなったのかをぼくは知らない。
いまのぼくではまだ、窺い知ることができない。
けれどいつか、ぼくはそれを体験することになるのだと確信している。近い将来、鳥たちの結末を、ぼくはほかでもない自分の人生を通して知ることができるのだと。
ノベルゲームの制作が終わったのは、月末当日の夕方だった。本来であればデバッグ作業もきちんと行っておきたかったところだが、ぼくたちにはそんな時間も精神的余裕もなかった。
「できたな」
「できたわ」
「できたよな」
血が零れ落ちそうなくらい充血した目で、簡素なつくりのエンドロールを眺め、それぞれアイコンタクトをとる。
そしてしばし呆然とし、目標達成の余韻にひたった。
「教頭を呼んでくる」
「ああ」
河野を見送り、ぼくは部室の窓を開いた。
飴色の夕日に、眼が痛くなる。
炭酸が抜けて、ほとんど砂糖水になってしまったコカ・コーラを舐め、一息つく。
ふと、九条と目が合った。
「なに、見てるのよ」
「別に、なんでもねえよ」
いってその場にあぐらをかく。しかし九条は依然ぼくを見つめている。その表情はこころなしかしかめ面にも見える。
「……どうした?」
まさか、今更シナリオをリテイクするとか言わないよな。そんな、身内に刺されるような展開だけは勘弁願いたいが。
「好きになることって選べない。わたしそういったでしょう?」
「あ……、ああ。二人で自転車乗ってた時だよな」
「あれ、別にそういう意味じゃないから勘違いしないでもらいたい」
「そういう意味?」
「だから」といって九条は歯噛みする。「文脈とか雰囲気的に、あの発言でまるでわたしが漆原君に好意を寄せているみたいな感じになったから、そういう受け取られた方をされた可能性があったから、」
「あ、ああ。そういうことな。それは勘違いだから変な気を起こすなよ、ということか?」
「そう」
険しい顔で宙を睨む九条。
しずまり返る部室内。
そしてなぜか多少へこんでいるぼくがいた。
まあ、見目形のいい特進クラスのお嬢様と恋仲になれるとはこっちだって微塵も思っていない。それにぼく自身が九条を異性としてどう思っているか、それすらもまだよくわからない。
しかし、疲れたあたまのせいもあるだろう。
「それは、残念だな」
ぼくは口が滑ってそんなことを言いだしてしまった。
「……残念なの?」
すると九条は上目遣いでそう問うた。
ぼくがあたふたしているのをいいことに、今度は鬼の首でもとったような顔をして、
「──残念なの?」
再度、そう問い返してくる。
「別に残念じゃねえよ」
意地の悪いやつだ。
始末に負えない。
ぼくは蚊を払う動作をして、天井を見上げた。
「残念なのね」
飴玉を転がすようにころころと、やけに九条は楽し気に笑った。
「そんなに残念そうな顔をされたら仕方ないわね。それじゃあ、漆原君──」
「おい、お前たち教頭先生呼んできたぞ!」
九条の声が、突然やってきた河野にかき消される。
「……む。どうして、俺をそんな目で睨む。部長」
「別になんでもない」
九条はつまらなそうな顔をしてソファにふんぞり返った。
「それで、活動実績のノベルゲームというのはどこなんだ」
「こちらにあります。どうぞ席におかけください」
河野が真ん中のPCに教頭を案内する。
「左上の実行ファイルをクリックしてください」
「実行ファイル?」
「それは音声ファイルです。その一番上にあるファイル選択してください」
河野と二人して教頭をナビゲートする。
「これは……?」
「はじめから、をクリックしてください。違います。エンターキーじゃなくて、カーソルを合わせて」
「わかっている。そう急かすな」
教頭は、宇宙船に連れ込まれた民間人のように不安げな面持ちで、ゲームをプレイしていく。
「これを、ほんとうにお前たちがつくったのか」
途中、教頭が感心した口調でそんなことを言いだした。ゲームの内容が面白いという意味ではなく、ゲーム自体を制作したことに驚いている様子だった。
「ええ。それも少ない期間でつくりました。どこかの誰かさんが月末までに提出しろというものだから」
「……ううむ」
九条の嫌みが炸裂するも、退学騒動の一件があったからか教頭は何も言い返してはこなかった。
画面下部に表示されるテキストウィンドウに、ぼくの文章が表示されていく。




