その四
本校舎前の駐輪場に自転車を止め、ぼくたちは旧校舎を目指した。
「夜の学校ってなんか新鮮ね」
九条は伏魔殿じみた旧校舎を眺め、どこかふりきれた表情で笑う。
「そうだな。どことなく非日常的な感じがする」
「校舎、施錠されてるみたいだけど」
「大丈夫」
言ってぼくは河野へ連絡をとった。
短い会話のやり取りを交わし、通話を切る。
ほどなくして旧校舎三階の採光窓が開き、なかからサイザルロープが垂れた。
「遅かったじゃないか、お前たち!」
窓枠のサッシに足をかけて河野が手をふる。
「これで、昇れっていうの?」
「ほかになにか方法があるのか?」
サイザルロープを掴んで唖然とした顔をする九条の背を、ぼくはてのひらで押す。
「落っこちたらどうするつもり」
「受け止める」
「信用できない」
「じゃあ、ぼくが先に見本を見せよう」
荒縄を掴み、ゆっくりと、慎重に、手繰り寄せていく。背後を振り返ると、結構な高さだった。背中から落ちたら、確かに骨の一つや二つ折れてしまうかもしれない。でも、悪くない気持ちだった。こんな馬鹿な真似をするのも、たまになら。
「九条、お前もこい」
部室から九条へ手を伸ばす。
「ためらってる暇なんてないんだ。だってぼくたちはこれから、もっと危険で馬鹿な真似をおっぱじめるんだぜ?」
「わかったわよ。やってみせましょう」
根負けした九条は、溜息をついて校舎の壁に足をかけた。
おっかなびっくりした動作で、身体を引き上げながらロープクライミングする。窓枠に手をかけ、上体を持ち上げ、最後は自分の身体を投げ入れるように、部室内に飛び込んだ。
「造作もないわ」
台詞のわりに、肩で息をして呼吸を整える九条だった。日頃運動することに慣れていないのか、額には玉のような汗が浮かんでいる。
「随分待たせやがって」
「よくいうでしょう。ヒーローは遅れてやってくるって」
悪びれる様子のない九条に、ぼくは河野と顔を見合わせ笑ってしまう。
「とにもかくにも、これで部員全員が揃ったわけだ」
腕を組み、壁に背をもたれた河野が言う。
「そうだ。岩城第三高校文芸部全員が揃った」
ぼくは、二人の顔を見回す。
「お前たち、手出してくれ」
ぼくが差し出した手の甲に、二人はそっと手のひらを重ね合わせた。
「最近色々七めんどくさいことが続いたよな。でも、それは全部片付いた。ぼくたちが、やることはこれでシンプルになった」
「ノベルゲーム制作」
九条の言葉に、ぼくは頷く。
「期限まで残り10日を切った。だが、ぼくたちに諦観の二文字はねえ。それが大言壮語なんかじゃないことは、ぼくたちが一番よく知っているだろう。ここはきっと地の底だ。いいか。そしてぼくたちは空を目指すんだ。大事なのは、誰にどう思われるかじゃなくて、ぼくたちが何を望むかだ。なあ、河野お前はなにを望む?」
「そうだな。差し当たり、あの教頭に吠え面をかかせるところからはじめたい」
「OK」
ぼくはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、手のひらを天井へ掲げた。
「それじゃあ、これから岩城第三高校文芸部の活動を始めよう!」




