その二
午前零時。
ぼくは、LINEの通話ボタンをタップすると携帯に耳を当てた。
一コール、二コール、三コール…………、
諦めかけた矢先、
「もしもし」
九条の声だった。
数日ぶりなのに、久しく耳にしていなかったような気がする。
何を話そうか戸惑ってしまい、
「ぼくだけど」
「……知ってるわよ。画面におおきく表示されるし」
電話の奥で九条が苦笑するのがわかった。
「こんな時間に電話して悪い」
「こちらこそ、連絡せずにごめんなさい。それと、ありがとう。担任の先生から電話があったわ。あなたたちが何とかしてくれたんでしょう?」
「礼には及ばねえよ。あとそれ、お前らしくないぞ」
一呼吸間を置いて、
「九条、早く部活来いよ」
「部活?」
「そうだよ。月末まであと一週間ちょっとしかないんだ」
しかし、九条は答えてくれなかった。だけど、それも当たり前のことだと思う。
九条は傲慢かつ高飛車で、でも、それ以前にひとりの女の子なんだ。黒板に落書きをされた挙句、クラスの好奇の視線にまでさらされて、それで平気でいられるわけがない。
ぼくはきっと途轍もなく残酷なことをいっている。
「お前、諦めるのか? それならそれでもかまわないぜ」とぼくは冷笑的な態度で笑った。「エロゲー制作なんて、くだらない仕事に付き合わされずに済むし。そうだな、あまった時間で大学受験の対策でもさせてもらうさ」
「──くだらない?」
九条の声がうわずった。
「ああ、だってくだらないだろ。頑張ったってみんなの笑いものにしかならないし、それにお前の覚悟だって、ちょっと痛い目見たくらいで萎れてしまう程度のものなんだろ?」
「違う」
静かだが、熱の籠った口調だった。
「……でも、あなたたちにまで迷惑が」
「ぼくのことなら気にするな。ぼくは、会った瞬間から迷惑なんてかけられっぱなしだし、河野なんてこれ以上恥のかきようがない男だろ?」
「でも、パソコンは──、」
「それは、河野が調達してくれた。ぼくのシナリオだって完成間近なんだ。あとは、お前がきてくれればなんとかなりそうなんだよ」
「…………。」
「九条、諦めるなよ。負けるんじゃねえよ」
交代を求めた、いつかの自分に言い聞かせるように、ぼくは必至になって言葉をつむぐ。
ぼくは残酷なことをいっている。
立ち向かわなければ、傷を負わずにすむ。
いっそのこと諦めてしまえばいいと、誰かがいった。そうすれば、確かにこころは苦しくなるかもしれないが、致命傷にならずにすむ。いずれは、諦めてしまったことだって忘れることができるだろう。失うことが恐ろしければ、そもそもはじめから価値のないことだったと笑い飛ばしてしまえばいいのだ。
しかし、ぼくはそれを許せなかった。
九条だけは、膝をついてはいけないのだ、とぼくは思った。




