その三
それは、こっちの台詞だろ」
「どうして、わたしがここに来ることを知っていたのよ」
質問を質問で返すなと言わんばかりに、永田は語気を荒げた。
「ぼくは別に名探偵なんかじゃない。お前が日もここにくるという確信はなかったよ。だが、蓋然性がないわけじゃなかった。少なくとも月末前までに、かならず一度、お前が文芸部に侵入する可能性は十二分にあると考えられた」
「アンタいつから、気づいていたの」
青ざめた唇をふるわせて永田が問う。
「お前とは、ガキの頃からの付き合いだ。お前のことなら、つむじの数からバッシュのソールのかたちまでなんでも知っている」
はじめは、ただの何気ない、ほんとうにちいさな疑惑でしかなかった。
「お前、重松清は好きか?」
永田の何も言わない。
しかし、心当たりはある。自分が犯した失態に、永田自身が気づき始める。
「あの日、ぼくは部室に一番乗りをした。そして南京錠の鍵を開き、本棚を眺めた。そして、おかしなことに気づいたんだ。それがなにかわかるか永田? うちの部長は神経質なんだ。本棚の書籍の順番を、しっかり50音順に並べて整頓しなければ気が済まないくらい神経質なんだよ。そしてそれは、ぼくを含む文芸部員全員の周知の事実だった」
それなのに、その鉄のおきてを破るかのように差し込まれた一冊の小説。
それが、ぼくが感じたはじめての疑惑だった。
誰かが錠前をこじ開け、文芸部室に侵入したのではないかという疑惑。
「……どうしてそれがわたしだと」
「はじめは判らなかったさ」そういってぼくは首を横にふる。
「誰がなんの目的でそんなことをしているのかなんて、まるで見当がつかなかったよ。だけど、ここ最近周りでおかしなことがおきすぎた。九条の停学を目的とした手紙の内容に、そして粉々に叩き壊されたパソコン。そいつは派手に動きすぎたんだ。そして次第に見えてくる。ここまでくれば幼稚園児にだって理解ができるだろう。そいつの目的は、文芸部の活動の邪魔をすることであり、文芸部を廃部に追い込むことであると」
ぼくは永田から目線を切り、床板を見つめた。
「犯人の目的は見えた。だから、動機を考えた。文芸部を廃部に追い込む動機。それは、恨みという線も考えられなくはなかった。だけど、もともと友達の少ない九条に、恨みをいだくやつなんてそう多くはないはずだ。河野やぼくにしたって周囲の反感をかうほど粗暴な生き方をしてきた覚えはない。そうすると、こうも考えられないか? 文芸部が廃部になると得をするやつがでてくる、と」
「それがわたしだっていうの? アンタをバスケ部に引き戻したいから、わざわざ文芸部を廃部に追い込んだって、そういいたいわけ?」
「ただの、思い上がりかもしれないな。だから、河野の前でだって、こんなうぬぼれた考えは口にだせなかったよ」
そろそろ、本題にはいろうか、永田。
ぼくは床板を指でなぞりながらそう言った。
「キャラメルマキアートって床にこぼすと厄介なんだよな。それを、そのまま放置していたのなら尚更だ。だって間違えて踏んづけてしまったが最後、こんなにくっきり足跡が残ってしまうんだから」
永田とは、ガキの頃からの付き合いで、ぼくは、永田のことならなんでも知っている。
つむじの数から、バッシュのソールのかたちまでなんでも知ってしまっているんだ。
「のこる疑問はただひとつ。それはお前がこの部室に侵入する方法だった。だがそれも、お前をここでのんびり待っているだけで解決することができたよ」
永田は自分の手のひらの、アルミ製のシムを見つめた。
「合点がいったよ。お前が、アルミ缶かき集めていたのもそれを何個か準備するためだったんだろう」
南京錠はアルミ缶と、それを加工するハサミさえあれば簡単にあけることができる。
手順は以下の通りだ。
アルミをシム型に切り取り、そのシム型をU字型の金具と本体の隙間に差し入れていく。あとは、その差し込んだシム型を外向きに回転させてやるだけで、金具が持ち上がるようにできている。
「あ……あ……」
永田は両手で顔を覆うと、その場に膝から崩れ落ちた。
これにて一件落着、とはいわないまでも、一応すべての疑問は解決されたことになる。
しかし、これですべてが終わったわけではない。




