その五
「九条戻ってこれんのかな」
職員室からの帰り道、本校舎と旧校舎をつなぐ渡り廊下でぼくはつぶやく。ギターケースを背負い込んだ軽音楽部の連中が、昨日観た深夜アニメの話題で盛り上がりながら、ぼくたちの横を早足で通り過ぎた。
「話し合いの最中だろうな」
なんともいえん、と河野は六月の曇り空のような顔をする。
「いずれにせよ、今日中には結論がでるはずだ。指をくわえてまっていても仕方があるまい。俺たちには、俺たちのできることをするまでだ」
河野はそういって突き当りの角を左に曲がると、登り階段に足をかけた。
「河野?」
そっちは、文芸部とは逆方向だ。
「お前はさきに部室に戻っていろ」
リュックサックを前にしょいこむと、やけに気負った声で河野はいう。
「え、なんで?」
「俺は、これからアイドル研究会に行ってくる」
「いや、だからなんでだよ?」
ここにきてトリッキーな行動にでるな。
答える代わりに、河野はジッパーに手をかけた。ジ、ジ、ジ、と音をたててリュックは餌をねだる鯉のように、ぱっくりとその口を開いた。なかには金銀財宝──、などではなく、河野が数年という歳月をかけてコレクトした秘匿のお宝がつまっていた。その内容は多岐にわたり、地下アイドルの写真集や、初ライブの物販で買った思い出のサイリウム。さらには廃盤となり、いまではプレミアの値がつくCDアルバムに、おどろくことなかれ、なんと今を時めく若手実力派女優が素人時代のインスタントカメラ・チェキなんてものまであった
「こいつらと引き換えにパソコン借りてくる」
クライマックスみたいな顔をして河野はいう。
残りのページ数を考えろ、その顔はまだ早いとぼくは思う。
「しかし、マジでいいのか、河野? その場のノリでやってんならやめといた方がいいぜ。絶対、あとあと後悔するだろ」
ぼくは半ば、……というか全力で河野に忠告する。
「ああ、俺にもようやくできたよ。ほんとうの覚悟ってやつがさ」
しかし、河野は白い歯を光らせるのであった。
ぼくは、敬礼で河野を見送ると早足で部室に向かった。
河野には、河野のできることを。そして、ぼくには、ぼくのできることをするしかない。シナリオを、文章を書かなければならない。今すぐにでもだ。
はやる気持ちをそのままに、せいた足取りで部室へと向かう。




