その三
気分は道場破り、もしくは忠臣蔵だった。
しかし、他の職員の目もあった。
ぼくは、職員室の引き戸を肩で押し開けると、応接室を横切り、まっすぐ教頭の席へと向かった。悪役なら悪役らしく、ペルシャ猫を膝元にでもおいて葉巻をゆらせておいて欲しかったが、教頭はフェルマーの最終定理を前にした古典文学者のような難しい顔をして、しげしげと新聞を眺めていた。
「教頭。お話があるのですが」
言ってレシートを机に投げてやる。
「なんだ、これは」
「レシートです」
「……それは判るが、そんなものをわたしに見せてどうするつもりだ?」
「九条の謹慎といてください」
「どういうことだ?」
くしゃみ一歩手前みたいな顔で教頭は問う。
「そのレシートは九条ものなんです。四日前の二十一時三十八分。あいつは、ローソン東岩城店で買い物をしていたんだ。三日前の二十一時にホテル街にいたなんて話は、根も葉もないほら話だったんですよ」
「ふむ」
教頭は、革張りの椅子の深く腰をあずけた。
多少は、話を聞く耳をもってくれたのかもしれない。
「そのレシートが九条のものであるという証拠はあるのか?」
「ここにはありません。だけど、コンビニには防犯カメラがあります。事情を話して店長にあたまを下げればそのときの映像だって、見せてくれるはずです」
「なるほどな」
そういって、一旦は納得する気配をみせた教頭だが、往生際が悪かった。
「例えばお前のいうとおり、たしかに二十一時三十八分に九条はコンビニにいたとしよう。そして、その足で九条は大通りへと向かった。そうは考えられないか?」
「試しましたよ」とぼくは言う。
「ローソン東岩城店から、ホテル街まで全力で走りました。信号の多いとおりだ。ぼくの足でも三十分はかかります」
「それなら、タクシーを使った可能性だってある」
「それも検証済みです」
後ろをついてきた河野が、ぼくの背中越しに顔をだす。
「都合四回、二つの地点を行ったり来たりしました。平均タイムは12分40秒。よしんば、九条がコンビニをでてすぐにタクシーを使ったとしても、到着するのは二十二時を過ぎるでしょうね。俺たちだって考えました。でも、どうやったって無理なんですよ。四日前の二十一時に九条をホテル街で見かけるなんてことはね」
「……しかしだな。火のないところに煙は立たないという。それに、目撃したやつが時間を見間違えた可能性だって考えられるだろう」
尚も、教頭は食い下がる。
だからぼくは、こころもち語気を強めてこう言った。
「九条が誰の恨みを買ったのかは知りません。普段のあいつの素行に関しても、ぼくにとっては知った話じゃない。確かにあいつは高飛車で、根性のひん曲がったとぐろのような女ですよ。一つ不満をいえば、十の罵倒で押さえつけてくるような、そんな不遜さをもった女です。
ですが、何遍もいうとおり九条は無実なんです。ぼくが知っているのは、九条はそんなことをする人間じゃないという事実。ただ、それだけなんです。教頭、あなたにはわかりますか? 濡れ衣を着せられ、あまつさえ自分の夢すらも失いかけた九条の気持ちが。唯我独尊を地でいう九条に、ごめんなさいとあたまを下げられたぼくの気持ちが」
教頭はついになにも言い返してはこなかった。




