第六話、軌跡は起こすから軌跡っていうんですよ
第六話、軌跡は起こすから軌跡っていうんですよ
昔、大切だったもの。
仮面ライダーディケイドの変身ベルトや、ボルメテウス武者ドラゴン。屋台で買ってもらったカブトムシに、スタンスミスのスニーカー。付き合ってた彼女に、バスケットボール。
校庭に光る硝子の粒のように、あれだけキラキラしていたものたちが、どうしてあっという間に古びていくのだろう。
あたまのなかにある、二度とは戻らない記憶の破片。
それはまるで、セミの抜け殻のような夢の死骸たちだ。
「やっぱり、お前もここにいたのか」
河野は、テーブルに500ミリリットルのコーラを二つおくとキャップに手をかけた。
「悪いな」
言ってぼくがペットボトルに手を伸ばすと、したたかに手の甲をはたかれた。
「二つとも俺のものだ!」
「……だから、太るんだよ」
「というのは、冗談だ。飲め」
河野はテーブルをはさんでぼくの真正面にどっかりと腰をおろす。
ぼくはコーラを口に含むと、採光窓から差し込む羽衣のような西日に目を細めた。
「しかし、習慣とは恐ろしいものだな」
河野がいう。
「放課後になるとなぜかここに足を運んでしまう」
「何もすることなんてねえのにな」
皮肉めいた調子でぼくはいって、またキャップに口をつけた。やることと言えば散らかった部屋の跡片付けくらいのものだ。
「静かだな」
つぶやく。
「ああ、静かだな」
河野もそれに頷く。
「ほんとうに、ぼくたちここでエロゲーをつくってたのかな」
「…………。」
河野はなにも答えない。
「まるで、夢でも見てた気分だよ」
なあ、河野?
「お前がぼくにエロゲーを押し付けなきゃ、文芸部にはいることもなかったんだぜ? そう考えると、運命って不思議だよな。はじめにお前にエロゲー渡されたときは、内心軽蔑さえしていたんだぜ。こんなの、オタクがやるゲームだろって。でも九条に出会って、文芸部にはいって、そんで真剣にエロゲーつくってみてわかったよ。エロゲーも面白いな。悔しいけど夢中になっちまったよ。そういう意味ではなかなかどうして貴重な体験だったと思う」
「なあ、漆原」
あらたまった口調で、河野は問う。
「お前がしているのは昔話か?」
「どういう意味だよ」
やけに喧嘩腰な態度の河野だった。
「馬鹿なお前にもわかりやすく言ってやろう。もう、部活は終わりなのか? と聞いているんだ」
「いうにことかいて馬鹿はねえだろう」ぼくはたまらず中腰になって言う。「部長は停学で、期限はあと二週間、オマケに機材は全部おしゃかになった! これが終わりじゃなくてなんだっていうんだよ」
「また、逃げるのか?」
「またってなんだよ」
「なにってバスケのことに決まってるだろう。最近のお前はどうも逃げ腰になってるんじゃ──、」
言い終わる前に、ぼくはテーブルに足をついて河野の胸倉を掴みあげた。
「……随分気持ちのいいこといってくれんじゃねえか。お前にぼくのなにがわかるっていうんだよ」
「ガキの頃からの付き合いだ。好きなAVのジャンルや、けつにできた蒙古斑の位置まで大抵のことは知っているさ。だからいってやる。お前はいつの間にか変わってしまった。恥をかくのをいつしか恐れるようになり、他人の意見ばかり気にする臆病な男になった」
「ぼくが臆病だって?」
「ああ、そうだ。バスケを辞めた理由にしたってそうだ。好きな女の前で恥をかかされたくらいで捨てちまう夢なら、はじめから見るんじゃねえと俺は思う」
ぼくはたまらず河野を殴った。
骨を打つ鈍い音が響く。中指の付け根がひどく傷んだ。
しかし、河野はぼくからひとときも視線を外さなかった。
「辛いことがあるなら辛いといえ。悔しいと思ったなら本気で悔しがれ。変に自分を韜晦して生きていると、二度と後戻りができなくなるぞ! ……お前がバスケをはじめた理由はなんだ? 女にもてたかったからか? それともクラスで一目置かれたかったからか? ほんとうにそんなくだらない理由なのか、倫太郎? そうならそうだと言ってみろ!」
右頬に衝撃が走る。後方にたたらを踏んで背後の本棚にぶつかった。音を立ててぼくの頭上から本の束が降ってくる。付箋替わりのレシートがほこりと一緒に辺りに散らばる。そんな惨事のなか、あろうことかぼくは過去を追想していた。
はじめてシュートを決めた日のことはいまでも覚えている。
なんたって、それが決勝点だったからな。
みんなが、笑顔だったよ。
すごく興奮していた。ぼくを見ていたんだ。
それが、すごく嬉しかった。
だけど、それだけじゃなかったはずだぜ。
だってぼくは、みんなにもみくちゃにされなるなか、空を見ていたんだ。太陽を見ていたんだ。なぜ、と言われても上手く言葉にできない。だけど気持ちよかったんだよ。いまならそこにだって手が届きそうだっていう感覚が、最高に気持ちよかったんだ。
「なあ、河野」
と、ぼくは友の名前を呼ぶ。
「まだ、終わってないよな?」
「ああ。まだ、ビバインドで迎えた第四クォーターってところだな」
すると河野は腰に手をあてて、ぱちんとウィンクをかましてきやがった。
ぼくは、思わず笑ってしまったな。
目にゴミでもはいったかのような不格好なウィンクもだいぶツボではあったが、それ以上に、ほんとこいつとは長い付き合いだとあらためて実感させられる。火にかけた薬缶のようにくつくつと笑いがこみあげてくる。
「お前が一番燃える展開だろ、倫太郎?」
ぼくは何も言わなかったさ。
言うまでもない、って感じだったからだ。




