その三
家に帰ると、珍しく親父が酔っぱらっていた。
「おう、お前。ちょっと、来い。お前!」
特段、用事もないくせして、ぼくを呼びつけ対面に座らせる。
「なんだよ。ぼく明日学校だし、今日はもうはやめに寝たいんだけど」
「寂しいこと言うんじゃねえよ馬鹿野郎。親子水入らずで今夜は語り明かそうぜ!」
「十数年同じ屋根の下で暮らしといて、今更語り合うことなんてねえだろうよ」
「そんなこと言わず、ほら食え。パンを食え! 俺、特製のカレーパンを食らいやがれ!」
「わかったっての」
皿の上のパンを口に運ぶ。子供の頃から知っている味だが、やはりうまいことはうまかった。珍妙なメニューなんて考案せず、こういうありきたりかつ盤石な商品を店頭に並べていれば、店の評判もいまよりずっとましなものになるのではないか。
「お前、新しいことはじめたろ」
何もかもお見通しだという顔で親父は言う。
「……なんでわかった」
「十数年同じ屋根の下で暮らしてんだ。顔みりゃあ、わかるさ」
「先にいっておくけど運動部じゃないぜ?」
「熱中できて、楽しければなんでもいいのよ」
親父は上機嫌で、コップにはいった黒霧島を舐めた。
「倫太郎。男ってのは、夢がなければ駄目なんだぜ。浪漫ってやつがなぁ。それが、どんなにちいさなことでも、他人からしたらくだらないことであっても、それを誇りに思うことが大切なんだ。わかるだろ? お父さんいいこと言ってるだろ? わかったらお前も飲め!」
「未成年の、しかも実の子供に飲酒を進めるなよ」
完璧にできあがって、しまいには左右に揺れ始める。
「俺のなかでは、お前は21歳だ」
「それについては、シンプルになぜだとしか言えねえよ」
「そんなに俺の夢が聞きたいか?」
「……聞いてやるから勝手に話してくれ」
「俺の夢はな、お前が毎日楽しく生き生きと人生送ってくれること。それだけよ。あとは、宝くじで一等あてて、ハーレーダビッドソンで街中走り回りてえな」
「それだけじゃねえじゃねえか。どっちがほんとのお前の夢なんだよ」
「前半部分もちゃんと俺の夢だ!」
「後半部分主体の物言いをやめろって言ってんだよ!」
「拗ねた! お父さんはもう寝る!」
ガキみたいなことを言いだして、親父はそのまま畳に仰向けになった。ほどなくして、すやすや寝息をたてはじめてしまう。ぼくは、茶たくに食いかけのまま放置された煮つけや切り干し大根やアジの開きにラップをして冷蔵庫に突っ込み、テレビの電源をおとした。親父の身体に厚手の毛布をかけて居間の電気スイッチに手をかけたとことで、ぼくはようやく今日が母さんの命日であることに気が付いた。
泥酔するわけだよな。
まったくどっちが子供かわかりゃしない。
「そんなにぼく、生き生きとした顔してたかよ?」
囁くようにそう尋ねてみる。
親父は答えず、ぽっかり口をあけたまま気持ちよさそうに、があがあ、があがあ、いびきをかく。




