その二
岩城第三高校は、郊外の閑静な住宅街に立っている。最寄り駅から徒歩で30分。交通の利便性という点で考えれば、そこまでいい学校とはいえないと思う。ただ、県内の公立高校ではそこそこの進学実績があり、制服が可愛いという理由から人気の学校でもあった。
ぼくが入学できるくらいだ。たいした高校ではないと思うやつもいるだろう。これは半分正解で、もう半分は不正解。田舎の進学校あるあるの一つで、上と下の開きが大きいのだ。そしてもちろん、ぼくは下位層の人間である。いうまでもないことだろうが。
そんな岩城第三高校の正門からつづく長い坂道を、ぼくは九条と連れ立って歩いていた。
こいつと知り合ってからなんだかんだひと月が経とうとしているが、一緒に下校をするのはこれがはじめてのことだった。
思えば、ぼくは九条のことをあまりよく知らない。エロゲー好きであることは痛いほど知っているが、それ以外のこと、例えば好きな俳優や苦手な科目みたいな学生らしい話題でこいつと盛り上がった記憶がない。
「わたしみたいな可愛い女の子と下校しているんだから、もっと楽しそうな顔をしなさい」
「自分でいうなっての」
一呼吸間をおいてこう尋ねる。
「九条は、エロゲー以外で好きなこととかあるのか?」
「ないわよ」
即答だった。
「ほら、例えばさ、好きな俳優とか、あとは苦手な科目とかでもいいんだよ、」
「そういう会話に意味を感じないの」
「……なるほど、いつも一人でいるわけだよな」
なんか、こう、思わず天を見上げてしまう。
紺碧の夜空に瞬く、粉砂糖のような星々が綺麗だった。
「じゃあさ」
ぼくはめげずに続ける。
「どうしてエロゲーなんかを好きになったんだよ」
「わたしは優しいから、そのなんかという不用意な発言については水に流してあげる」
「足、踏んでるけどな」
しかも、かかとでぐりぐりと。
「それに、好きになることって選べないのよ」
自嘲的に苦笑する九条。
好きなことを選ぶのではなく、好きになってしまったからそれを選ばざるをえない。
そういうことなのかな、とぼくは思った。
「好きになったきっかけについては、あなたが一本シナリオを書き上げたら教えてあげる」
意趣返しのように九条が言う。
「だいぶ先のことになるぞ、それ」
今度は、ぼくが苦笑する番だった。
「それじゃあ、わたしはこっちだから」
背の高い雑居ビルが増えた通りで、九条は立ち止まりそういった。
途中まで送っていこうと進言しようと思ったが、止める。どうせ、断られるだろうというのが理由の一つで、もう一つの理由はひとり考えごとをしながら歩きたかったからだ。
家路をたどる途中、街路灯の燐光にたかる虫なんかを眺めながら、ぼくは九条の発言を反芻していた。
好きになることは選べない。
半ば逆説的な響きに感じられるが、たしかにその通りだと思う。好きになることに理由はない。もっと正確にいえば、好きだという無意識の感情にさきだって、理由というものは後付けされていくことになる。
ぼくたちは、行動を選択することはできるが、感情を選択することはできない。
だからときたま、ひとは絶望してしまうのかもしれない。
そんなことを、ぼくは思った。




