第四話、楽しいゲームの作り方(地獄編)
第四話、楽しいゲームの作り方(地獄編)
ぼくは背もたれによりかかりおおきく溜息をついた。
「……当たり前だ」
小学校時代、アジサイの観察日記さえ満足に完結させることができなかったぼくが、数冊シナリオ制作関連の書籍を読破したところで、ひとを感動させる文章が書けるとは到底思えなかった。
そもそも、文章を書くってすごく難しいことだ。考えなしに書いていると、て、に、を、は、の使い方がわからなくなり、起承転結がわからなくなり、しまいには一人称で書いてるんだか三人称で書いてたんだかわからなくなる。
「うーん」
机につっぷしてうなだれるぼく。
「漆原、これを見てくれ」
すると心持ち得意げな顔の河野が、ぼくを手招きする。
「どうした」
河野の肩越しからノートパソコンをのぞき込むと、画面全体には、
──俺の名前は河野太。
と、文章が表示されていた。
「エンターキーを叩いてみてくれ」
「ああ」
──どこにでもいる普通の性犯罪者だ。
「おお」
テキストの内容はこの際おいておくとして、ぼくは感嘆の声をあげる。
「ゲームぽいな!」
「ああ、ゲームぽいだろ。ちょっと表示形式を変えてみようか」
「できるのか?」
「これがけっこう簡単なものなんだ。Positionというタグを使用すると──」
──俺の名前は河野太。
──どこにでもいる普通の性犯罪者だ。
今度は従来のノベルゲームのように画面の下部分にテキストが表示されるようになった。
「背景画像を表示させることもできる」
──ちなみに、こんな顔をしている。
河野がエンターキーを叩くと、画面いっぱいに河野の笑顔が表示された。
「相変わらず、ひどい顔だな」
「やかましいな」
「でも、すごいじゃないか。ファイルをテキストエディタで意味なく開いたり閉じたりしていたころのお前とは、比べ物にならない成長ぶりじゃないか」
「徐々に使い慣れてきた気はする」
額の汗をハンカチで拭う暑苦しい河野の顔を、ぼくは半ば尊敬の気持ちで眺める。
「吉里吉里のゲーム画面は、背景レイヤ・前景レイヤ・メッセージレイヤが合成されたものなんだ。背景レイヤは景色。前景レイヤはキャラクター。そしてメッセージレイヤは文章が表示される部分だな。今度は前景レイヤの表示のさせかたについて学習していこうと思う。そっちの進捗はどうだ?」
「芳しくないな」
というか、10ページも書けてはいなかった。
「部長の期待を裏切ることだけはするなよ」
笑いながら言って、河野は部屋の隅の九条を指さす。
座椅子に体育すわりをし、ポテチを箸でつまみながら、SAIというイラストソフトで線画を描いていく九条の集中力には、目を見張るものがあった。一度、作業にはいると九条はこちらの言葉なんて耳に入らなくなる。どこか生き生きとした表情で、数時間もずっとパソコンの前に座り込んでいる。その姿はどこか神聖で、部屋の片隅に一つの世界が広がっていくようだった。そして、その世界のなかの九条はどこか無邪気で、悔しいことに、不覚にもかわいらしいと思ってしまうレベルではあった。
「わかってるよ」
ぼくは再び、ワードソフトへ向き直る。
向き直って、自分なりに没頭してみる。
「俺は先にあがるぞ」
河野の声に気が付けば、時刻はあっという間に20時だ。
「ああ、」
しかし、ぼくは生返事をしてキーボードを叩き続ける。主人公の男の子とヒロインの出会いの場面を、書いたり消したり迷ったりして、少しずつ書き進めていく。そうしているうちに、周囲の声なんて聞こえなくなる。まるでワードに広がるぼくの物語が、現実を飲み込んでいくように、新しい世界が広がっていくようだった。はじめは輪郭だってあやふやだったヒロインが少しずつぼくのなかで明確な形になっていく。ヒロインをつくるというのは不思議な作業だ。キャラクターをつくるというのは不思議な作業だ。まるで無機物に命を吹き込んでいくような新鮮な感覚がそこには、
「──作業は順調?」
耳元で声がした。
横を向くと、すぐそばに九条の顔があった。
「おまえ、びっくりさせんなよ! せっかく集中していたってのに!」
「それは、ごめんなさいね。だけど、わたしだって何度も声はかけたのよ?」
九条はマウスを手に取ると、書きかけのぼくの文章をあたまから黙読しはじめる。
「……読むな」
「いいから」
九条に腕で押しのけられる。
自分が書いた創作物が他人の目に触れるのは、想像以上に恥ずかしいことだった。
死刑執行を待ちわびる囚人のような気持ち、とでもいえばいいのだろうか。
「うん。いいね」
しかし、九条刑務官は意外にもそんなことを言った。
「いいって、面白いってことか?」
「冒頭だけで、そんなこと判断できるわけないじゃない。ちゃんと、楽しんで書けているってことよ」
「……楽しんで書くなんて誰にでもできることじゃないか?」
「誰にもできるわけじゃない」
九条はかぶりをふって、壁面に背を預けた。
「特に、書きなれてしまうとそうなの。文章がどうしても定型文になってしまう。地の分を書く胆力がなくなって、かぎかっこを多用してしまったり、手癖で書いてしまうようになる。そんな、死んだ文章はあなたにはぜったいにかかないでほしい」
まるでそんなことが実際にあったかのような話ぶりだった。
「シナリオライターって一見花形に見えるけれど、実際は地味で根性のいる仕事だから頑張ってほしい」
「言われなくてもそのつもりだっての」
「頼もしいわね」
ウランのように重たげだったその表情が、少しばかり和らぐ。
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」
ぼくはうなずいて書きかけの原稿を保存した。




