その七
「大方どうせ、時間の無駄になるようなことしかしてないんでしょ」
呆れて、永田は溜息をつく。
「時間の無駄かどうかは、ぼくが決めることだ」
思うより先に、声がでた。
どうして、むっとしてしまったのかは自分でもわからない。
しかし、女は怖い生きものだ。
永田は、まわらないパチンコを打ち続けるギャンブラーのようにうんざりした顔をした挙句、ぼくの胸倉を掴んでこう言った。
「そんなに、あの部長がお気に入り?」
「は?」
誤解だ。
言い返す前に、永田はぼくに背を向ける。
「二人で楽しそうに、パソコンしてたものね」
「いや、」
それは、ほんとうに誤解だぞ。永田。
おまえはエンターキーの叩きすぎで腱鞘炎になったことはあるか、永田。寝る前に、あたまのなかでシンセのBGMがループして吐き気を覚えたことはあるか、永田。常時イヤホンをつけているせいで、耳たぶにへんなしこりができたことはあるのか、永田。
走り去る永田の背が見えなくなるまで、ぼくはなんどもこころのなかで問い詰めた。真剣に。
文芸部室前。木目調の廊下にどっかりとあぐらをかいた河野は、納豆キムチ酢だこパンを頬張る手をとめた。
「もそかったひゃないは(遅かったじゃないか)」
ごくり。
そんないきのいい嚥下の音が、こちらまで聞こえてくるような食いっぷりだった。
「お前、そんなもの食って腹壊さないか?」
「けっこう、癖になる味をしているんだ。それに、これを主食にしていると不思議と身体が痩せるんだよ」
怪しい目の河野。
「怖いこというなよ」
なんか、ケミカルなものでもはいってんじゃないだろうな。
疑心暗鬼になる。
「でも、ほんとうにいいのか」
ぼくは、胸ポケットから取り出した鍵を南京錠に差し込みながら、河野に聞く。
「ああ、覚悟はできている。いまの体型のままでいるよりかは」
「そっちじゃなくてさ」
「だいじょうぶ、そっちの覚悟もできている。すでに、あっちの部活には退部届を提出済みだ」
「お前のその決断力の早さ、ぼくはときどき羨ましくなるよ」
「漆原、人生もエロゲーも同じことだ。あとあと楽しくなりそうな選択肢をえらんでおけば、とりあえずは間違いない」
「なるほどね」
まったく、単細胞なんだか達観してんだかわからないやつである。
「まあ、はいれよ」
錠を開き、ぼくは河野を部室へ招き入れる。
「世話になる」
言って河野は、物珍し気に部室を見回した。本棚の品ぞろえを物色しているところに、ひとつぼくは忠告してやる。
「小説読んでもいいけど、ちゃんともとの棚に戻しておけよ。50音順に並べておかないと九条──、もとい部長の機嫌がななめになる」
「レシートが挟まっているぞ。付箋な何かの代わりか?」
「ああ、なんでも感動した場面に挟んでいるらしい」
「変わったやつだな」
「お前がいうなとも思うが、今回ばかりは賛同させてもらうよ」
ソファに尻をあずけ、ぼくは鞄からとりだしたノートパソコンを起動させた。ブルースクリーンが表示され、意味のわからない英文で画面がいっぱいになる。忙しなくパソコンが音を立て、一瞬暗転すると、見慣れたウィンドウが表示された。
「前回、強制終了したんだろ。OS壊すことになるぞ」
河野が画面をのぞき込む。
「仕方ないだろ、家でゲームしてたら親父がノックもなしにやってきたんだ。対応のしようがない」
「エロゲー漬けの日々ってわけか」
「半分は部長命令だよ」
「変わったやつだ」
「賛同する」
「──まったく、言われたい放題ね」
段ボール箱を抱えた九条が、部室の外でそういった。顎でドアを二度指し示す。手がふさがっているからドアを開けろということだろう。
「女だ!」河野が叫ぶ。男子校生みたいな反応をするな。「……聞いてないぞ、漆原。俺は中学二年の冬に、金輪際リアルの女とは会話をしないと、こころに誓ったというのに」
「言ってたらお前、部活こなかっただろう」




