第三話、文芸部所属漆原倫太郎の生活
第三話、文芸部所属漆原倫太郎の生活
「おう、お帰り。今日はちょっと遅かったじゃねえか」
フライパン片手にエプロン姿の親父が、ぼくを出迎える。
「……まあ、ちょっと用事があってね」
九条から渡された参考資料をドサッと玄関の式台におろすと、ぼくは腕をまわして肩の筋肉をほぐした。
「なんだぁ、その手提げ袋。すげえ量だな」
瞠目して、口をあんぐりとさせる親父。
「まあね」
資料の中身に触れられたくなかったので、適当に流して答える。
「今日の夕飯、炒飯だぞ。さきに風呂入ってこい」
今度はぼくが驚く番だった。
「え、売れたの? 納豆キムチ酢だこパン」
「ああ、夕方ごろだったかな。お前んとこの制服着た子が、全部買ってってくれた」
「そいつ太ってた?」
「まあ、太ってたな」
律儀なやつ。
呟いて、ぼくは手提げ袋を二つしょいこんだ。
「しかし、どれから手をつけたらいいものか……」
自室に広げた参考資料──、もといアダルトゲームの束を見つめ、ぼくは困り果ててしまった。
──エロゲーをつくるのに、エロゲーをプレイしたことがありませんなんて流石に話にならならないから。まずは有名どころを、全部プレイするところからはじめましょう。期限は一月、できるね、漆原くん?
たしかに、九条の言い分はもっともだと思う。バスケをやるにしても、まず競技のルールを覚えるところからはじめなければいけない。ルールも判らずに試合にでるなんて考えられないことである。
にしても、この量は多いと思う。
ざっと見ただけでも20個はあるぞ。
一個あたりのプレイ時間をたとえば20時間と換算したとして、20×20で400時間。不眠不休でやり続けたとしても17日はかかる計算だ。できる、できない、の問題はこの際おいておくにしても、ぼくの土日がつぶれることは間違いなかった。
「なんつうか、体育会系だよな」
言いながらアダルトゲームをがさがさとあさる。こういうのって、やっぱり年代順にプレイしておく方がいいのだろうか。それなら、なるべく古臭い絵柄のやつからはじめたほうが、
あった。
早速見つけた。
やけに大きな目をした女の子ふたりが、こちらを見上げている。ひとりは羽のはえたリュックを背負い、もうひとりはおおきなリボンのついた制服に身を包んでいる。
Kanon
それが、このゲームのタイトルだった。
ノートパソコンにディスクをセットして起動させる。インストール作業が終わると、画面の中央にウィンドウがあらわれた。
企業のロゴが表示され、その上を粉雪が舞った。
耳障りのいいBGMに導かれるように、ぼくは【最初から】を選択する。




