第9話
サラマンダー家の人間は、無論ティムがファドラのことを求めているということを知るはずがない。
けれども、サラマンダー家は、ファーフニル家との連携を強めたがっているのは事実であり、そうである以上、ティムが単にファドラの件を諦めて欲しいとお願いしたところでどうにかなる問題ではない。
しかし、だ。
それならば、サラマンダー家がファーフニル家と連携を強めたがっているその理由をつぶしてしまえばよい。そして、その強みをティム自らが提示すればよいのだ。さらに可能ならば、この話に相手が食いつくのならば、ファドラと婚約という話をティムはこの場で相手にぶつけるつもりだった。
ティムにはそれだけの自信があったし、力があった。
かくして両者の会合は開始される。
双方席につき、食事が運ばれる。前菜から始まり、料理が進むとともに、両者の間の会話も世間話、昨今の情勢から、段々とビジネスの話へと移っていく。近頃の話の中で、ティムが感じとったのは、やはり、サラマンダー家全体の経営の鈍化。
「しかし、鉄鋼関連の事業で、需要が減るというのはあまり考えにくいことだと思っていたのですが……」
ティムの言うことももっともで、国内だけでなく国外でも近代化が進められる今、鉄鋼関連の資材はより要求されるはずであった。
「ええ、それはそうなんですが、それゆえに、ですかね」
サラマンダー家当主は苦い顔をして語る。弱みを見せているというつもりはなく、単に、すでに分かりえている情報を交換するだけ、そのはずだった。
しかし、ティムはこれまで、多くの仕事をしてきた、現場を見てきた。それゆえに、国外の近代化が進むという状況と鉄鋼業の不振という状況、二つの問題から何故そうなっているのかを思いつく。
「なるほど、つまり、タラクン国外での近代化が進み、鉄鋼という比較的優先されやすい産業が国外で育った結果、国外では現地で調達をされてしまい、売りゆきが芳しくない、ということでしょうか?」
鉄鋼業界の部外者であるはずの目の前の少年が、こうも的確に問題点を指摘してくるとは思っていなかったサラマンダー家の人間は、少しティムのことを見直す。同時に、うかつなことは口走れないと気を引き締める。
「ええ、その通りです」
口数が自然と少なくなる。もちろんそれをティムは感じ取る。自然な笑顔でゆっくりと食事をしながら、うまく間合いをとり、相手の緊張を和らげる。
「やはり、そうなると、目指すべきはコストカット、でしょうね。分かります。私は金融に関する仕事に長く接して来ましたから、だからこそ、色々な企業を見てきました。金融という仕事は、相手の仕事を知ることが仕事ですからね。今、どの業界がどのような問題で困っているのか、ということが分かれば、自然とその概要は見えてくるのです」
ふふと、微笑む。
「私は、別に、サラマンダー家の事業の弱みを握りたいという訳ではありませんよ、むしろその逆」
「逆、といいますと?」
堪らず聞く。
「協力したいと考えているのです」
その言葉に、サラマンダー家の二人は顔を見合わせる。一体、そんなことをして、目の前の金融業界を仕切る力を持つ家の男に何の得があるというのか。
「しかし、そんなことをして、そちらに何の得が? むしろ、我々の会社がより多くの資金を放出し続けることの方がそちらにとってメリットになるのでは……」
無論、その予想は、彼の単なる狭い知識の推測に過ぎない。イメージの問題だった。金融業界の人間が、善意で動くわけがない、という。
そして、ティム自身もそのことをよくわかっていた。自分が相手に抱かれるイメージ。それは、冷たく冷酷で、自身の得のためにしか動かないはずというイメージ。しかし、それこそが武器となる。
「ええ、もちろん、普通だったら、特に手を貸すこともありません。そちら側からこちらへ協力を要請してくることを待てばいい、そうすれば、自然とより大きな利益が生まれるのですから。しかし──」
イメージを持たれているのなら、それを利用してやればいい。
「しかし──それだけが金を動かす人間がすることではない。つまるところ、融資をしませんかというお誘いです。無論、無償でという訳ではありません」
その無償ではないという言葉に、サラマンダー家の人間は眉をぴくりと動かす。結局は、無償ではないじゃないか、という視線がティムに痛いほど伝わる。
「無償ではない。しかし、負担は、そちらにお願いするわけではない」
そういわれて、サラマンダー家の人間には何が何だか分からなくなった。
しかし、その言葉は、二人の好奇心を刺激するのに十分だった。
「我々にお願いするわけではないというのは、どういうことでしょう?」
「はい、では、ご説明いたします。アル、資料を」
ティムはあるに指示すると、アルは懐から数枚の紙を取り出し、サラマンダー家の人間二人に渡す。一枚の企業紹介の紙だった。
「サラマンダー家の鉄鋼業界の問題、それはズバリ、運送コストや生産コストの問題ではありませんか? そして──近年関係を強化していたファーフニル家は、その問題の片方、運送コストへの解答を持っていた。それは、代々培った食材等の搬送ルート、搬送会社などの資源でしょう。あなた方はそれらの共有化を目指していた、違いますか?」
ティムの前に座る二人は、いきなり出たファーフニル家の名前に、何故をそれをと驚きつつも、それ以上に、問題点を的確に射貫く発言にごくりと唾をのみ、その通りですと返答する。
「しかし、それも結局はその場しのぎに過ぎない。何故なら、ファーフニル家も結局は旧来の方法がより効率化された産物を扱っているのに過ぎないのですから。つまり、ファーフニル家との連携強化は、ソリューションになりえないということです、ご理解いただけますか?」
「確かに、それは、最終的にはそうかもしれない。しかし──」
サラマンダー家当主は唸る。その場限りの解答だといっても、十分に有効な解答である。しかし、目の前の男はそこを痛いほど突いてくる。ということは、何か他に解答を持っているということだろう。怒鳴り散らす理由は、ない。
「ええ、はい。ならどうすればいいのか、ということですよね。それの解答が、その紙に記載してある会社です」
小さく優美に微笑むティムの顔。これまで築いた多くの関係の一つ。
「これは……?」
サラマンダー家の二人は紙を手に取り、読む。しかし、いまいちピンとこない。
「それこそが、この先数年間、いえ、数十年先をリードする解答です。いうなれば、情報化。今現在使われているサラマンダー家の鉄鋼業に関するシステムの全面見直し、および、運送関係の子会社の運送ルートや運送効率を大きく向上させるシステムの開発を担えるノウハウを持つ情報関係の最先端を行く企業です」
「ほう……?」
近年急激に進められている情報化。サラマンダー家の事業も鉄鋼業ということもあり各工場ともある程度のシステムは導入されていたが、そこまで力を入れていなかった。
全て、外の会社に頼んでいたし、さして力を置いていなかった。動けばよい、動かないと仕事に支障をきたすからとりあえず入れている、という程度。
それが、問題の解答になると言われてもすぐに信じることはできない。
「もちろん、すぐに信じてくださいという訳ではありません。まずは小さい工場で試験的に導入し、そこから全国の工場や運搬ルートに反映するという形で十分でしょう。小さな工場であれば、生産システムではなく運送システムであれば既存のシステムの組み合わせで実現できます。予算や内容を各工場の担当者等必要な人間にお知らせする時間と、少々の準備期間、そうですね、一か月も頂ければ、稼働に到達することができます。もちろん、稼働まで行かずとも、その効率がどれだけ上がるのかということにつきましては、ものの一週間もあれば見積もりを差し上げられると思います。おおざっぱな予想値は出してありますが、運送効率は飛躍的に向上します」
より具体的な概要を説明する。
そこまで言われては、サラマンダー家当主も、この話を無下にすることはできない。何せ、どの会社よりも一歩先を行くことができるという提案。そして、その提案元が怪しい会社や人間ならともかく、名だたるティアマト家の子息からの話。詐欺ということは考えられないだろうし、万が一失敗したらどれだけティアマト家の名誉を失墜させるかもわからないため、無責任な発言だとも思えない。
このような大きな話を持ってきたということは、ティアマト家の当主には当然許可をもらってのことだろう。ゆえに、これは非常に魅力的な話だと思えた。
単なる営業ではないのだ、つまり、手を組みましょうという話。一心同体になろう、という提案。
「考えさせていただいてもよろしいでしょうか」
まずは、この返事。
けれども、ティムは、片方の手の手のひらを相手に向け、少しお待ちください、とする。
「おそらく、ファーフニル家との連動の件とどちらが効率がよいか、というお話でしょう。しかし、先ほど申し上げましたように、我々の提案は、運送の改善だけの問題ではないのです。工場のシステム、それら全ての効率化がされた際の効果は壮大なものになりますよ」
サラマンダー家当主は唸る。確かに、ファーフニル家と関係を強化して、強くなる分野は運送分野に限られるだろう。事業の内容が違うのだから。それに比べて、ティアマト家、ティムの提案はどうか。話通りの効果が期待できるのならば、その両者は比較するまでもないだろう。しかし、すぐに決められるほど決定打があるわけでは──
はっとする。そういえば、このティムという男が言っていたことを思い出す。そう、負担はこちらにお願いするわけではないという話。この件について、具体的に話をされていなかったことを思い出す。
そして、それはティムも狙ってのことだった。
もっともインパクトのある内容。最初に尋ねられたものの、他のこと、つまり、内容へと話を意図的に移していた。何故なら、それをトリガーに一発でこの会談の交渉を成立させるため。
はっとするサラマンダー家当主の様子を見て、ティムが口を開く。待っていましたとばかりに。
「ああ、忘れていました。今回の話、最初の工場に関しましては、そちらの紙に記載されている企業及び私の責任で、全て、費用を負担いたします。もちろん、それで、試算した効率通りの数字が出た場合、その後の全国展開につきましては、大部分の費用をサラマンダー家側でもっていただく、という条件をのんでいただければの話ですが……」
「つまり、それは──うまくいく責任はこちらで持つから、そちらはうまくいった場合は全国展開の仕事を買ってください、ということですか?」
その問いに、もちろん、とティムは頷いた。
好条件。
失敗しても、サラマンダー家は全く痛手を被らないのだ。無論、全国展開となればそれ相応の費用を負担することにはなるだろう。ここで大きな仕事が発生する。つまり、この仕事を我々にさせてくれという、完全にビジネスの話。
ティアマト家が何か企んでいないという保証がある訳ではない。しかし、仮に企んでいたとしても、それによってサラマンダー家が何か巨大な不利益を被ることはこの話を聞く限りあり得ないと言って良い。そして、大きな仕事を任せてくれというその姿勢には、確かに、ティアマト家の利益も見え隠れし、ゆえに、安心できる。
サラマンダー家当主は、それでも、逡巡する。もう少し、結論を先延ばしにしたいという欲に駆られる。それを見越したように、ティムが畳みかける。
「つきましては、本日、その決断をしていただきたい。こちらにも、色々事情がありまして──この案件、ドラゴンの一族のよしみでこの場に持ってきてはいますが、この件を担当できるほどの会社です。あまり無駄な時間を過ごさせるのは、それだけで損失なので……」
つまるところ、この案件をのまないのならば、他に持っていくが良いか、という脅し。
いつの間にか、立場は逆転していたのだ。
本来、サラマンダー家が優位に立っているはずの、提案される側の立場。それが、早くしないとこんなにお得な話が受けられなくなるという立場に落ちている。けれども、不快感はない。それだけ魅力的な話だったから。
「──分かりました。是非、よろしくお願い致します」
こうして、話はまとまった。
最後に、ティムが付け加える。
「そして、ファーフニル家とのことですが──」
ファドラは、未だ、家。独り、家にいる。




