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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
エピローグ
79/79

その66

 




 『リシェット、君を心から愛している。けして泣かせないと、幸せにすると誓うからどうか―――結婚してくれないか?』



 愛しい人からの愛の告白(プロポーズ)に鼓動が弾けた。


 強くて真剣な灰色の瞳に映る己が姿に吸いこまれそうになる。想像もしていなかった言葉に戸惑いと嬉しさとが同時に湧き起こり頷きかけるが、それを引き止めようとするほんの一握りの理性が難かった。


 「でも……わたしはアゼルキナに―――」


 勤めあげてこその矜持、投げ出す事は考えていない。けれどここで頷けばガレットは間違いなくフィオをアゼルキナから連れ出してしまうだろう。

 一緒にいたい、いたいけれど決めた限りは投げ出さない。残して行く不安に苛まれているだろうガレットの心に寄り添い頷くべきだと解っているのに、どうしても頷けない頑固で可愛くない自分に悲しくなる。


 「頼む。頷いて俺と一緒に来てくれないか。」


 加減も忘れフィオの手を握り締めて額に押し付けるガレットの前に、フィオは雪崩れる様に崩れ落ちた。


 「わたしもガレット隊長が大好き、結婚して家庭を築けたらどんなに嬉しいか。でも今は無理なんです。」

 「無理は承知だ。お前がどんな思いでここにいるのか理解できない訳じゃない。それでもだ。」


 フィオはアゼルキナの住人に迎え入れられ居場所を見つけているし、ガレット以外にも気にかけ守ってくれる人間も多い。どんな魔法を使ったのか、荒くれ者で犯罪者一歩手前の問題児を抱える第六隊の面々に素早く馴染み手荒に可愛がられている。砦で最も女性問題に大雑把なセイですら上手くあしらわれて手を出せていない。ガレットがいなくても上手くやっていけるだろう。実際には残す危険よりもガレット自身が離れたくない、ただの独占欲による我儘だった。


 初めから解っていた、フィオが頷かないと。


 それでも言葉にしたのは愛する者を望む欲求からだ。予想に反した一粒の涙にこれまで堪えていた感情が溢れ出した。


 「愛してます。心は離れない。」


 都合の良い言い訳じゃない。異動だから仕方がないと急に割り切れるわけじゃないし、離れる不安はガレット同様フィオにもあった。離れてガレットを他の女性に取られでもしたらきっと後悔するに決まっている。それでもアゼルキナにやって来た硬い決意を捨てきれないのだ。


 蹲るガレットの肩に顎をのせ首筋に頬を寄せると、冷たさを残した春待ちの風がフィオの髪を乱す。その黒髪に武骨な手が滑り込んでフィオを捕らえ上を向かされた。すかさず熱い唇が重なり瞬く間に深く繋がっていく。


 フィオの腕が背に回るとガレットは更にフィオを抱き寄せ、何も考えず互いに相手を貪り続けた。フィオは息をする隙もなく苦しいと感じるが離れるのを拒み、ひたすらガレットの口付けに応え続ける。心地よくて切ない、吐息にまじる熱に浮かされ貪欲に貪る。やっと唇が僅かに離れた時には寄せ合う体に起きた熱で互いがじっとりと汗をかいていた。場所が場所なら理性を失いそのまま二人して倒れ込んでいただろう。


 辺りは薄暗くなり外気は冷え込んできたが、二人の世界は熱く湿って更に吸い寄せられる。二人以外に入り込めない世界。

 そんな世界に平気で、しかも土足で迷いなく入り込めるとしたら―――それは恐らく彼だけだろう。





 「やっと願いが叶ったぞ、私のフィオネンティーナ!」


 ばりっと、本当にばりっと音を立て抱き合うフィオとガレットを引き離しフィオに抱きついて来たのは当然この女神。


 「く…クインザ?!」


 抱きつかれた勢いで地面に倒れ込んだフィオに縋りつき、組み敷いた状態で愛しい半身に頬を寄せすりすりとマーキングする美貌の幼馴染。 

 ガレットとの逢瀬を邪魔された事よりも、何の前触れもなく突然現れたクインザにフィオは熱を孕んで潤んだ目を白黒させた。 


 「特例で二年間アゼルキナに就任出来る事になったのだ。これで昼夜を問わず私の平穏な日々が舞い戻ってくる。」


 嬉しそうに笑みを浮かべる美貌の魔術師はゆっくりと振り返ると、神秘的に揺らめく紫の瞳でガレットを捕らえた。


 「今まで私のフィオネンティーナを守っていただいて本当にありがとうございました。でももう大丈夫、後は私に任せて貴方は心おきなく近衛の任務に付いて下さい。」


 宝石をちりばめ煌めく女神の微笑みに異議を唱えられる人間など居やしない。

 こうしてクインザは異動期日を遥かに前倒しフィオの隣に部屋を設けてアゼルキナに居座り始め、ガレットは期日を迎えると同時にアゼルキナを去り王都を目指した。




 

 ガレットが立ち、砦は新たな住人を迎えた。

 異動したのはガレット一人ではない。任期を終えた第一隊のタースとハイドの仲良し二人組もいなくなったし、同じ第六隊からも数人が抜けた。サイラスはあと二年、フィオと同じ時期に都へ戻る予定となっている。クインザが砦にやって来た事で任期満了による異動を撤回したいという輩がちらほら存在したが、既に配属先は決定していた為に覆される事はなかった。


 マニアである事実を公にしたファマスはクインザを是非とも第二隊にとしつこく司令官であるカイルに掛け合ったが、新たにアゼルキナにやって来た男が第六隊の隊長となりフィオとクインザを囲い込んだ。クインザの異動が決まった時点で上司になると決められていたらしい。どうやら魔術師団長の息のかかった騎士らしく、目の下に万年ぐまを刻んだ陰気で根暗な雰囲気の小柄な中年だったが、実際には仕事はできるし、小さな体で体術は熊親父ジャフロ以上の腕があった。


 そしてガレットがいなくなった事でカイルが抱える一番の不安要素となった第一隊隊長セイ=ラキスだったが、どういう訳だかこの二年は妙に大人しく過ごしていた。溺愛する妹のクリスレイアが妊娠・出産を経験し落ち込んだのだろうかと思われたが、実際にはクインザを恐れて顔を合わせないようにさりげなく逃げ回っていただけである。フィオの側には常にクインザが寄り添っていたせいでちょっかい出したくても出せなかったのだ。


 あれほど厄介だ、なかった事にしてやるとクインザの異動命令書をゴミ箱の底に沈め、破り捨て、挙句は証拠隠滅とばかりに焼き捨ててを繰り返していたカイルだが、今では額縁に入れて司令官室の一番目立つ位置に飾っていた。クインザが配属されてからは驚くほど厄介事が減ったのだ。クインザが巻き起こす厄介事はフィオが全て尻拭いをしていたにすぎないのだったが、それでもアゼルキナは平穏な時を刻み続けた。





 *****

 

 そうして時は過ぎ―――穏やかな春の季節。


 色とりどりの花が可憐に世界を色付かせ、芽生える命に束の間の憩いを齎す。

 何処までも澄み切った雲一つない青空に緩やかな春の風が優しく世界を揺する今日、王都の教会で一組の男女が結婚式を執り行うにあたり、祝福を述べる面々が参列して新婦の入場を待っていた。




 向かって右の祭壇前には真っ白の儀礼服に身を包み、何時もの硬い表情で司祭の話に耳を傾けている新郎ガレットの姿。新郎側の席には礼服に身を包んだ同僚の近衛騎士に、何時になく身綺麗にし過ぎて「あなた誰?」状態になったアゼルキナ砦の住人らが続いて、あぶれた者は新婦側に着席していた。そして騎士の称号を持つ彼らが揃って同じ人物に熱い視線を送っている。


 新婦側の親族席は年齢不詳の黒髪の美女。黒いドレスに薄桃色の花飾りをつけた妖艶な雰囲気を纏った女性が新婦フィオの母親だろう。そしてその親族席・美女の隣に何故か堂々と腰を下ろした二人の青年。


 一人は青と銀の斑の瞳を子供の様に輝かせ、隣の美女に握手とサインを求めている。もう一人は顔にハンカチを押し当て、新婦入場前から感極まり淡い金色の頭を揺らしながら咽び泣いていた。まともな状態の彼の容姿は主役である新婦よりも明らかに光り輝き目立ってしまうのでこれでいいのかもしれない。


 新婦入場の報が上がると皆が一斉に後ろを振り向く。女神も逃げ出す美貌の青年も鼻をかんで後ろを振り返った。


 重厚な扉が開いて眩い逆光が新婦とその父を照らす。ゆっくりと奥に進むにつれ純白のドレスに身を包んだ新婦が姿を現すが、長いベールに顔を隠され姿は見えない。それでも透き通るような白い肌は眩く、隠されても匂い立つ色香に、新婦の本性を知る面々ですら思わず息を飲んだ。そして同時に新婦が腕を回す父親を視界に入れて度肝を抜かれる。


 天を仰ぐほどの巨体、礼服を着ていても解る腕の太さは新婦の腰よりも太いのではないだろうか。頭はつるつるのスキンヘッド、厳つい体にこれまた女子供が一目散に逃げ出しそうな極悪人面。顔の中心にある大きな鼻が曲がっているのは明らかに喧嘩による後遺症、頬や額、頭には数多の傷跡がある。極めつけは左目が見えないのか黒い眼帯に覆われていた。手袋の下の指もアゼルキナ砦の住人が目を見張り息を殺す程に太く、絶対にまっとうな仕事をしている人間には見えなかった。のだが―――


 実際はただの炭鉱夫。もともと体は大きかったが岩を掘り進む腕が常人よりも遥かに太くなるのは当たり前の事で、曲がった鼻も顔の傷も落石が原因。左目は病で視力を失っていて裸眼のままでは見た目が悪いからだ。普段眼帯はつけないのだが、娘の結婚式となるとそうはいかない。


 新郎側に参列する面々はごくりと喉を鳴らし、男が通り過ぎるのを警戒しながらやり過ごした。いつ殺られるか解らないと本能が語っていたが―――間違っているから。その本能あてにならないから。




 こうして愛を誓い合った男女は一組の夫婦として新たな人生を迎えることになる。寄り添い教会を出ると中に入り切れなかった多くの人々によって祝福を受け、空からは真っ赤な薔薇の花弁が舞い散り、地上に接触すると同時に弾けてきらきらと輝く光の道を作り出した。


 「魔術師団長様?」


 足が悪く列席したくともできなかった優しい老人を捜してしまう。歩みを止めたフィオにガレットが「どうした」と優しく声をかけると、フィオはなんでもないと首を振って笑顔を返した。






 (おわり)








長い間、お付き合いありがとうございました。

これにて完結です。


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